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質疑応答 vol. 3
2021年8月末に開催されたビュッフェ・クランポン・ジャパン オンライン欧日音楽講座では、東京と大阪の会場に受講生が集まり、フランス学派を代表するクラリネット奏者、ミシェル・アリニョン氏、フローラン・エオー氏のオンラインレッスンを受講しました。
本インタビューでは、欧日音楽講座の受講生から寄せられた質問に対して、アリニョン氏、エオー氏から得た回答を3本の記事に分けて掲載します。連載最終回となる3回目のテーマは、緊張解消法と、留学です。(2021年9月、東京、通訳:檀野直子)
連載1回目「日々の練習について」はこちら
連載2回目「楽曲への取り組み、表現力の磨きかた」はこちら
緊張解消法
本番に緊張するので、有効な解消方法があれば教えて欲しい、という受講生が数名いらっしゃいました。
アリニョン(敬称略) 私の場合は、とてもシンプルです。
「非常に難しいので、私にはできないだろう」と自分に言い聞かせます。つまり、「落ち着け」と言い聞かせることの真逆のことをします。「落ち着け」と言っても、私には効果がありませんので、「非常に難しいので、私にはできないだろう」と言い聞かせなくてはなりません。
ウェーバーの協奏曲第一番の最初のB(シ♭)などは、まさにこのケースに当てはまります。もし、この音を自分の部屋で吹くだけでしたら簡単にできますが、コンサートホールで吹かなくてはならないから難しいのです。そのための心の準備として、「この音はひどいできになるだろう、上手くいかないだろう」と自分に言い聞かせ、そこまで難しくならないよう解決策を模索します。
こうして舞台に上がると、頭の中で想像していたことほど難しくないのです。非常に難しいと想像していたので、舞台に上がると、「ああ、大丈夫だ、それほどまで難しくはない。大丈夫」、と思えます。これが私独自の緊張解消法です。
エオー(敬称略) アリニョン氏はこのように言われましたが、アリニョン氏がこのBをものすごく練習して、しっかり準備を整えていたのを私は知っています。しっかり準備をしてあるので、緊張しても上手くできるということです。
私の解消法は二つあります。
第一に、呼吸です。とても大切なことだと思います。呼吸は緊張に良く効く薬です。
第二に、練習の時も常に落ち着くことです。コンサートは家にいるのとは違い、特別な時間です。しかし、練習の間も平静を保って演奏をすることを心がけていれば、その曲を演奏することと、落ち着くことが頭の中で結びつき、最終的には多少緊張しても本番に良い状態で演奏できます。
実際、多くの学生が常に緊張した状態で練習しています。難しい部分を心配したり、緊張からテンポが速くなったまま練習すると、頭も身体も緊張状態を記憶してしまいます。ですから、彼らはコンサート前からすでに緊張していて、そこに更に20、30%追加されるのです。そうなると、もう上手くいきません。一方、もし落ち着いていれば、たとえ20、30%の緊張が追加されたとしても、先ほどの状況よりは良いでしょう。
コンクールを受ける学生を指導する機会が多いのですが、初めの頃は、彼らは「緊張してあがってしまった」と言っています。次の年になると、少し改善されます。更に次の年は、彼らはもう緊張について話さなくなります。何故でしょう。もちろん、彼らは緊張していますが、一生懸命練習しているので、自分のやり方でコントロールできるほど強くなっているのです。
アリニョン氏の解消法は少し意外でした。現在も緊張されることはあるのでしょうか?
アリニョン 全くありません!・・・いえいえ。冗談ですよ 笑。
演奏すればするほど、緊張も増しています。常に難しくなっていくのです。年齢によるもの、筋肉の問題等、難しくする要因は複数あるのです。
ですから、包み隠さず申しますと、私にとって聴衆の前で演奏することは、とても難しいことです。
エオー また、コンサートで演奏するためには、いつもリード、ホールの音響、ピアノに合わせなくてはなりません。これも難題の1つです。いずれにせよ、ピアノは完全に希望するような調律にはならないかもしれない、ホールの響きが良くないかもしれない、良いリードがないかもしれないのです。それでも、私たちは自分を表現しようとします。できることは、今の状態で最善を尽くすだけです。
そして、どうしても上手くいかない時には、仕方がない。人生とはそういうものです。しっかり準備ができているので緊張しない時があり、しっかり準備ができているのに緊張する時もあります。大ホールでの演奏なのに緊張しない時があり、小さなホールで緊張することがあります。
これは、人生とはそういうものだと受け入れるよりほかありません。そして、全力を尽くすのです。
オンライン欧日音楽講座2021 大阪会場(写真左)、東京会場(写真右)の様子
フランス留学
最後に、留学について教えてください。フランスへの留学を希望している場合、語学、レパートリーなど、どのような準備をすれば良いでしょうか?
エオー 最初に、お話しなくてはならないのは、今は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、厳しい状況だということです。とはいえ、大惨事に至ってはいませんので、留学を希望する皆さんは安心してください。現在も多くの外国人留学生がフランスで学んでおり、パリもローザンヌも通常通りレッスンを行っていました。ローザンヌの私のクラスには日本人学生が2人います。
次に、留学するには、音楽院の入学試験があります。ですから、入学試験のためのレパートリーを留学前に練習しておかなくてはなりません。
多くの音楽院は入学試験に課題曲があります。パリ国立高等音楽院、パリ地方音楽院のような、パリの音楽院の多くには課題曲があります。ローザンヌの場合は自由曲ですが、様式の違う曲を選ぶ必要があります。
語学については、学生たちがどのような勉強をしたいかによります。例えば、パリ地方音楽院や演奏家コースなどでしたら、そこまで語学は問題になりません。レッスンはフランス語でも英語でも受講が可能です。しかし、Bachelor(学士)課程で学びたいのであれば、フランス語のレベルはデルフ・フランス語学力資格試験のB1、B2(中級、上級)が必須です。ローザンヌを例に挙げますと、学士課程ではフランス語を話せることが大切です。フランス語で行われる音楽理論、音楽史、楽曲分析などの講義に出なくてはなりません。ですから、必ず話せないといけません。
いずれにせよ、外国で勉強をしたいのであれば、ほかの学生とのコミュニケーションが取れ、日々の暮らしに困らないよう、その国の言葉をある程度身につけておくべきだと思います。そして、語学を習得することは教養の一部ですので、絶対に必要だと思います。
そしてフランス留学では、ルーヴル美術館やオルセー美術館等、パリにある美術館を訪れる機会に恵まれ、フランス文化に触れることができます。留学したら、このような経験を通して教養を培うことも重要なことだと思います。
アリニョン フランスには日本人留学生のコミュニティーがあります。彼らが一緒に過ごし、少しずつフランス語を身につけているのは良いことだと思います。
また、フランスに来る日本人留学生は既に日本でフランスのレパートリーを勉強していますが、クラリネットのエコール・フランセーズと日本のクラリネットのエコール・フランセーズはとても近いため、フランスでレッスンを受けても、それほど違いに驚くことはないでしょう。
外国で生活をすることは本当に大変なことですが、日本人留学生のコミュニティーで学生同士がつながっている点は支えになると思います。
フランスへ留学した際、アリニョン氏、エオー氏に師事することは可能でしょうか。
アリニョン 私はもう教えていません。ですから、この質問はエオー氏に答えていただきましょう。
エオー 私は今回のような講習会か、音楽院でレッスンをすることができます。
音楽院は年間スケジュールが決まっています。フランスの学校は9月から7月初旬までで、パリは、どの課程で学ぶかによりますが、9月に入学するための試験が4月、5月、6月にあります。ローザンヌでは、9月に入学するための入学許可は4月にでます。
留学についての質問は、欧日音楽講座の受講生から直接連絡をもらっても構いません。それぞれの音楽院のもっと詳細な情報もお話しましょう。
ありがとうございました。
オンライン欧日音楽講座2021で講師を務めたアリニョン氏(写真左)、エオー氏(写真右)
◆関連インタビュー
記事タイトルよりアカデミー講師のインタビュー記事をご覧いただけます。
MY STORY | ミシェル・アリニョン(元フランス国立パリ高等音楽院教授、大阪音楽大学客員教授) フローラン・エオー(フランス国立パリ地方音楽院およびローザンヌ高等音楽院教授、大阪音楽大学客員教授) |
【連載】 BCJ Clarinet Academy 2019 |
第1回「音楽的教養、伝統の尊重と表現の自由」 第2回「教師の責任、音色づくり、フランス留学ついて」 第3回「エコール・フランセーズ(フランス学派)とアカデミーの今後」 |
ジャック・ランスロ 国際クラリネット・コンクール2018 |
ミシェル・アリニョン(元フランス国立パリ高等音楽院教授、大阪音楽大学客員教授) |
クラリネットの選びかた | フローラン・エオー(フランス国立パリ地方音楽院およびローザンヌ高等音楽院教授、大阪音楽大学客員教授) |