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BCJ Clarinet Academy Interview Vol.1

エコール・フランセーズ(フランス学派)の継承者、ミシェル・アリニョン氏とフローラン・エオー氏に、2019年8月に開催されたBCJ クラリネット・アカデミー(旧称:欧日音楽講座)の感想をとおして、演奏家、教育者としての考えを伺い、3回の連載として公開します。今回の第1回目では、演奏家に欠かせない「音楽的教養」や、「伝統の尊重と表現の自由」について、お話を伺いました。(2019年8月9日、東京、通訳:檀野直子)

 

世界中の演奏家達が方針から逸れています

 

  ビュッフェ・クランポン・ジャパンは、日本音楽界の将来を担う若手演奏家の教育を目的に、数百年の伝統を持つヨーロッパの正統な音楽教育の場として、「BCJ ミュージック・アカデミー」(旧 欧日音楽講座)を1985年より毎年定期的に開催しています。アリニョン先生、エオー先生は、いつから、どのようなきっかけで講師として参加されていますか?

 

アリニョン(敬称略) はじめに、アカデミーの成り立ちからお話します。パリ・エコール・ノルマル音楽院に留学をした作曲家の保良徹氏が、1967年にビュッフェ・クランポン・ジャパンを設立しました。そして、日本のクラリネット奏者全体のレベルの向上を目的に、アカデミーを開催しました。講師はギイ・ドゥプリュ氏が7年間務め、次にアラン・ダミアン氏とアントニー・ペイ氏がそれぞれ1回招聘されました。その後、保良氏から私に引き継いでほしいと話があり、それ以降、25年ほど講師を務めています。
 私がアカデミーで指導を始めた頃には、ランスロ氏の功績によってエコール・フランセーズが既に日本で発展しつつありました。ランスロ氏は、国立音楽大学や桐朋学園大学で初めてエコール・フランセーズのマスタークラスを行い、浜中浩一氏と二宮和子氏を育てました。そして、浜中氏と二宮氏のお二方から、エコール・フランセーズとかなり近い、日本のクラリネットの伝統が生まれたのです。このような背景のもと私のやるべきことは、今までの方針から逸れることなく、欧州の伝統やエコール・フランセーズの方針で指導し続けることでした。

 

エオー(敬称略) 私がアカデミーで講師を務めるのは、今年で4度目です。ミシェルと同じく、先人が歩んだ道を進み、ルーツ、芸術、エコール・フランセーズの演奏法を守り、進化させながら伝え続けることを目指しています。それは、世界のあちらこちらでルーツを見失っている人々がいる現状を考えると、大切なことだと思います。
 現在、技術的なレベルは各国で上がっていますし、楽器の性能もますます良くなっています。〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器を見れば明らかなように、新しい機種が発売される度に、音程や均一性などが改善されています。このように技術的には進化していることが分かりますが、音楽的な進化は必ずしも正しい方向に向かっているとは言えません。物事があるべき姿に進展していかないことを「方針から逸れている」と言いますが、まさに、私たちはこのように感じています。

アリニョン それは、今の時代の性質からきていると思います。クラシックのコンサートは音楽第一です。演奏家はショーに出演するわけではありませんので、演出は必要ありません。生の演奏を聴く場である伝統的な形式のコンサートに、きちんと価値を見出すべきです。奏者の姿はコンサート全体の雰囲気の一部として大切ですが、それが最も重要なのではありません。クラシックのコンサートで一番重要なのは、音楽の感動を伝えることです。もちろん、視覚的な演出を取り入れ、クラシック音楽を広めている「レ・ボン・ベック」のように素晴らしいアンサンブルもありますが、例外的なものです。現在の若い奏者は、本当に教養が足りていません。音楽的に何を伝えれば良いのか分からない、音楽の教養が欠けていて自分自身の音楽的な見解がない、その結果、視覚に頼って活動しています。

 

  何が原因なのでしょうか?

 

エオー その理由を二つ挙げます。
 まず、音楽への接し方です。演奏家には、音楽が好きだから演奏をしている人と、技術的な才能がそれなりにあったために演奏家になる人がいます。前者はコンサートに足を運び、たくさんの音楽を聴いて教養を深めます。後者の一部は、そのようなことをしません。結局はそれほど音楽を好きではなかったということです。
 次に、時間や場所に縛られることなく、クリックひとつで簡単に音楽を聞くことができる現在の状況です。簡単になればなるほど行動は必要なくなりますが、行動することによって自分の中での重要性は増すものです。私が学生の頃は、市立図書館に行き、クラリネットに限らず様々な楽器のCDを借りて聴きました。一度に5枚しか借りられないので、どの盤が名演だろうかと、事前に情報を探したりしました。そして、また図書館まで返却しに行かなければなりませんでした。これが行動です。
 私は毎年、京都フランス音楽アカデミーで教えていますが、ある時、講師の一人が「信じられるかい。フルートの学生の中にジャン=ピエール・ランパルを知らない子がいるんだ」と言いました。ランスロ氏の時代に活躍した偉大なフルート奏者です。若い学生の多くは過去の偉大な演奏家の名前を知りません。もちろん、現在活躍しているフルート奏者の演奏を聴くことも大切ですが、昔の大演奏家を忘れてしまうことは残念でなりません。この記事の若い読者の皆さんは、どのように音楽を聴けば良いのかと疑問を抱くかもしれませんが、音楽を聴くにはたくさんの方法があります。コンサート、CD、学校で他の楽器の先生のレッスンを聴講するなどです。

アリニョン 同感です。問題は、完全に質が落ちてしまったポップスにもあると思います。現在のポップスは「ブン ブン ブン ブン」とずっと同じ脈動です。これがクラシック音楽に影響を及ぼしています。なぜなら、簡単だからです。その後にモーツァルトの交響曲を聞いても、「ブン ブン ブン ブン」とは異なるため、何も語りかけてきません。ポップスは、道端、スーパーマーケット、どこでも聞こえてきます。これは、社会現象であって、以前の状態に戻ることは困難です。
 しかし、教育者としての我々の使命は、学生にクラシック音楽を聴かせることです。私は高校生の頃、音楽を聴くように導いてくれるような先生の授業を受け、ショパンの魅力を発見しました。私たちの世代は皆、このようにして音楽の魅力を発見しました。聴いてみて気に入らない作品があっても問題ありません。または、突然美しいと感じ、感動を覚える作品もあります。このように音楽に触れることなく、一日の大半を「ブン ブン ブン ブン」を聴いて過ごすことは非常に問題だと言えます。

 

音楽で、一番重要なのは作曲家です

 

   音楽を心から愛し、知識やインスピレーションを深めるために、調べたり演奏を聴いたりすることが教養につながるのですね。

さて、今回のアカデミーでも日本全国から若いクラリネット奏者達が集まりましたが、いかがでしたか。

 

アリニョン 大成功でした!学生は初日から上手でしたが、更に成長し、最終日のコンサートではほとんどプロフェッショナルと言えるレベルでした。

エオー 技術的基礎、アンブシュア、演奏スタイルなど、日本の学生の技術的レベルは年々上がっていると感じます。日本の大学を出てフランスなどで学び、帰国後に先生となった人が、習得したことを次の世代に伝えている成果です。

アリニョン より洗練された技術、例えば、スタッカートもいろいろな種類のスタッカートがあり、長い音を伸ばすにもいろいろな方法がある、というようなことを教える必要はありました。しかし、レッスンの大半は、最も大切な「音楽」に関する指導に費やされました。
  また、学生たちは正しく練習をしていました。私が普段耳にする練習は、速いパッセージをできる限り早いテンポで吹いているものばかりです。学生たちは華やかなことが好きで、テンポを速くすることばかり考えています。しかし、アカデミーで聞こえてきたのは、私がレッスンで指摘したことに取り組む練習でした。嬉しく思いました。

 

エオー 学生は既に高い技術レベルに達していたので、更に上達し、自由に表現できるようにアドバイスしました。それと同時に、伝統や、様式を尊重しながら、自分を表現することの大切さを伝えました。先ほどお話したように、ルーツというのは伝統や様式です。木には根があり、その上に葉が風に揺れています。それと同様、伝統や様式を踏まえた上で、自由に自分を表現することが大切です。
 アカデミーで多くの学生が練習した曲の中に、クラリネットの重要なレパートリー、ドビュッシーの第一狂詩曲がありました。これをマスターするためには、ドビュッシーがなぜこのような旋律を書いたのか、この和音をここで用いたのか、などから考えられた知識と、それに基づく演奏方法が不可欠です。ミシェルが彼の先生から教わり(*)、私自身もミシェルから学んだこと、自分の経験から得られたことや教養を学生に伝えました。このように「枠」を伝えながら、その枠の中で学生が自由に自分を表現できるように指導しました。

(*)ドビュッシーの第一狂詩曲は、パリ国立高等音楽院の卒業試験のために作曲された。公開初演は当時のクラリネット科の教授によって行われ、その演奏法は音楽院で受け継がれている。

アリニョン その通りです。音楽で一番重要なのは、作曲家です。もし、ドビュッシーの第一狂詩曲をウェーバーの協奏曲のように演奏したら絶対に上手くいきません。私がこのことを学んだのは、ピエール・ブーレーズ氏と仕事をした若い頃でした。ブーレーズ氏は、全ての作曲家の意図を尊重する人で、「たとえやりたいと考えても、勝手なことはできません。作曲家がそのように書いていないからです。そうすることは許されません。」ということを教えてくれました。

エオー 確かに、今の時代、世の中全体を見ても皆がやりたいようにやっていますね。しかし、自由と規律の両方を備えることが音楽を美しいものにします。様式に沿って演奏していないと、音楽は美しくないし、何も表現されません。

 

演奏家の個性、表現の自由とは

 

  ルールがあってこその自由、とは何においても言えることだと思いますが、音楽における自由について、どのようにお考えですか。

 

エオー 自由とは制約と比較することで定義できると思います。健康を知っているから、病気の状態が分かることと同じことだと言えます。つまり、対義語があって定義をすることができます。例えば、ルバートは、拍があり、その拍を軸として自由があります。ここで自由が定義できるのは拍があるからです。
 また、何か表現したいことを加減する余地も、自由と言えると思います。レッスンでは重要なテーマです。「上手くいかなかったら。変だったら。」と恐れる学生にとって、自分を表現する勇気を持つのは難しいことです。レッスンで、様式のきまりや、どのように演奏すべきかを教え、その後は「どうやって自分を表現したら良いか分かったでしょう、恐れることなくやってごらん。」と伝えると、学生がその範囲の中で自由に自分を表現できるようになります。これは教える側としても大切です。

アリニョン 非常に重要な「枠」について話したいと思います。枠には内側と外側があります。枠の中には全ての技術的観念が含まれ、音楽的観念も枠の一部です。先ほどお話したように、ドビュッシーの作品をワーグナーの作品のように演奏することはできません。私がパリ音楽院で教えていた時、生徒たちによく話していたことがあります。「あなた方が枠の外側に出られるように、私は枠の内側にあるものを教えます。外側に出るのは今ではありません。今は枠の内側にあるものを学ばなくてはなりません。それが基礎だからです。その後、あなた方が大人になり、明確な自分の意見を持つようになった時に、枠の外側へと出て行きます。しかし、枠の外側に出た後でも基礎は常に必要です。」 ルールを守れば、おかしなことになるわけがありません。これが、私の枠への考えです。枠から出るためには、まずは内側から始めなくてはなりません。 

エオー なぜ自分を表現するのを怖がるのでしょうか。変な表現になるのが怖いからです。きちんと枠を習得していれば、この方法なら大丈夫だと分かり、安心していられるはずです。恐怖は消え、徐々に自分の個性を出せるようになっていきます。曖昧な記憶ですが、日本の武道について読んだことがあります。型を習得するのに50代まで同じ方法を続けなければならないと書いてありました。つまり、まずは型を学び、熟練した腕前になったところで、やっと少し自分を出して良いということでしょう。
 私はミシェルからクラリネットを教わりましたが、今は私の自分なりの方法で演奏しています。それは、私が学んだことに反するものではなく、学んだことを私の個性によって発展させただけのものです。このステップは重要です。木と同じで、根が張り、幹が伸び成長し、枝葉が広がっていきます。いきなり枝から木が生えるわけはないのです。

アリニョン アカデミー最終日のコンサートでのフローランの演奏を聴きながら、彼のことを誇りに思いました。もちろん、彼にクラリネットを教えたのは私ですが、ミシェル・アリニョンの音楽ではなく、フローラン自身の音楽が聞こえてきました。それは、枠の外側に出たということです。また、学生達に関しても、この演奏は誰々さんだ、と聴き分けることができました。講師がアドバイスした通りに練習し、指導されたことを直していただけでなく、自分自身の演奏をしていました。多くの場合、「ほら、先生の言う通りやりましたよ」と、ここで止まってしまっていますが、彼らはその遥か先まで行っていました。初めてこのような最終日コンサートを聴き、心から嬉しく思いました。これは、アカデミーが成功した証拠でもありました。

エオー アカデミーで、学生がそれぞれの感性や素質を使って表現し、音楽に没頭していたことを嬉しく思っています。
 学生たちは、レッスンを受けるだけでなく、他の学生のレッスンもたくさん聴講していました。とても良いことです。アカデミーの運営が事前に情報共有をしていたため、学生たちは何時、誰が、どの曲でレッスンを受けるのかを知っていました。そのため、自分と同じ曲のレッスンを受ける人の時間になると楽譜を持って聴講に来ていました。一週間音楽漬けになり、私たちは学生全員が変化したと思います。学生たちは全員、成長していました。

 

~つづく~

連載2回目は、教師の責任や、音色づくり、フランス留学についてお話を伺います。

 

※ アリニョン氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
トラディション

※ エオー氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
ディヴィンヌ

※ トラディションは2019年6月にバージョンアップされ、接合部分の補強リングやLowFコレクションキーなど、仕様の一部が“LÉGENDE”と同等になりました。詳しくはこちら

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