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BCJ Clarinet Academy Interview Vol.2

エコール・フランセーズ(フランス学派)の継承者、ミシェル・アリニョン氏とフローラン・エオー氏に、2019年8月に開催されたBCJ クラリネット・アカデミー(旧称:欧日音楽講座)の感想をとおして、演奏家、教育者としての考えを伺い、3回の連載として公開します。第2回目では、教師の責任や、音色づくり、フランス留学ついて、お話を伺いました。(2019年8月9日、東京、通訳:檀野直子)
連載第1回はこちらからご覧ください。
教師の責任

 

  アカデミーでは講師2名でレッスンを行いますね。教え方は違いますか。

 

エオー(敬称略) それぞれ異なるアプローチがありますが、方針や目指すものは同じです。複数の先生から矛盾した指導を受けると、生徒は混乱してしまいます。その点、私たちのレッスンには一貫性があるため、アカデミーでは深い内容まで学ぶことができ、結果も出ています。

 

  一貫性を持たせるために、一日のレッスンが終わると情報交換をされているのでしょうか。

 

アリニョン(敬称略)一日の終わりだけでなく、いつもです(笑)。

エオー 私たちは音楽と教育への情熱を共有しています。私がパリ国立高等音楽院でミシェルのアシスタントをしていた頃も、常に二人で話し合っていました。学生を預かるということには責任が伴います。踏み込んだ指摘によって動揺させてしまうこともあるので、よく話し合い、正しい方向に向かっているかを確認しあっています。

アリニョン 技術についても話し合いますが、重視するのは学生の心理状態です。レッスンで学生の中の大切な何かを壊してしまう危険があります。教師だからと言って、何でも言って良いわけではありません。例えば、「これは直すべきだ」とアドバイスはしても、「それはだめ」とは絶対に言ってはなりません。学生がやる気を失わないよう、接し方に気を配りながら改善に導くため、フローランとよく話し合っています。「教える」ということは、大きな責任です。私たちの名前でアカデミーの受講生を募集し、学生が何かを得ようとレッスンにやってきます。それに対して、私たちは学生一人一人に合った方法で指導し、責任を果たします。

 

  多忙なアカデミー開催中でも、話す時間はありましたか?

 

エオー もちろんです。長年一緒に指導に携わっているので、互いに何について話しているのか、すぐにピンときます。「この学生の吹き方には驚いたよ」と言われれば、「昨日私がこういうことをアドバイスしたから、やり過ぎてしまったのかも知れない」と答えるように、時間のかかることではありません。状態の良い学生に関しては要点のみを伝え合い、少し問題を抱えている学生については良い方向に導くように一緒に計画を練りました。
私にとってアカデミーの成功とは、終了時に学生が上達し、幸せを感じることです。私が今回嬉しく感じたのは、上達はもちろんのこと、アカデミーの閉講式で見られた学生同士の仲の良さです。最初は周りに溶け込めなかったり、上手な学生の演奏にショックを受けたかもしれません。それでも一所懸命に練習して、最終日には全員が素敵な笑顔で楽しそうにしていました。人生の中でも大切な時間になることでしょう。

アリニョン 私たちもアカデミーでの経験を忘れません。「あの学生が出した音色が好きだった。」というようなことも忘れないでしょう。

エオー もう一つ、リピーターの話をします。私は京都フランス音楽アカデミーでも講師を務めているので、年に2回、日本のアカデミーで教えています。今回も半年前に京都で出会った学生達が参加していました。半年ごとに学生の成長をみているため、より深く指導することができます。

アリニョン アカデミーで聴いた音色の思い出は、楽器の思い出でもあります。開催中、学生は〈ビュッフェ・クランポン〉の様々な機種を試すことができます。学生同士でも自分たちの楽器を交換し、吹き比べたことでしょう。これも人生のイベントの一つです。

エオー 私は〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器を紹介しました。〈ビュッフェ・クランポン〉の音とは、歌うことができ、色彩豊かな、音楽を表現できる音です。私たちが〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器を選んだのは偶然ではなく、自分を表現できる音色を探しているからです。優れた楽器を製作しているメーカーは沢山ありますが、〈ビュッフェ・クランポン〉ほどの表現力を備えたものはありません。

 

音色づくりに必要なこと

 

  音色について、もう少し教えてください。欧米の先生から音色について指摘されたことがない、という学生の話を聞いたことがあります。欧米では音色は奏者の個性と捉え、指導の対象にならないのでしょうか。

 

アリニョン それは違います!
もちろん、音色は個性です。しかし、自分が理想とする音色を出すためには技術を身につける必要があるため、指導の対象です。アカデミー最終日のコンサートで、モーツァルトのクラリネット協奏曲第二楽章で素晴らしい演奏を聴かせてくれた学生がいました。音の立ち上がり、伸びが美しく、これぞ「音色」というものでした。自分の理想とする音色があり、その音色を得るための技術を習得しなければ、あの音色が出るはずがありません。
また、道具も音色に関係しており、最も重要なのが楽器です。〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネットには、それぞれの機種に特長があります。それは、楽器が奏者の理想とする音色を出すための重要な手段であることを証明しています。他にもマウスピースやリードは大きく影響します。

エオー 「自分の先生に、いつも音が美しくないと言われます」と悩む学生がいました。もし生徒の音が美しくないのであれば、改善法を教える必要があります。さもなければ、生徒に自信を失わせるだけで、何も良いことはありません。音色は必ずしも言葉で簡単に説明できるものではありませんが、例えば教師が生徒の隣で吹いて聞かせることで、「いい音色だな」と感じさせることもできます。実際の音を聴くことは学びにつながります。

アリニョン 私が初めてクラリネットをの聴いたのは8歳の時で、「気に入った!僕もやろう!」と思いました。クラリネットの音が大好きで、他の楽器をやりたいとは思いませんでした。音色を気にしない人は、音に色彩がありません。音色について悩む人には、理想とする音色がないなど、さまざまなタイプの人がいますが、彼らに一番足りていないのは「音色への愛」です。愛を語るには年をとり過ぎましたが(笑)、8歳の時の感動は今も鮮明に覚えています。

エオー 私の耳は今もミシェルのレッスンの時の音色を覚えています。ロッシーニのフレーズやトスカのソロなど、洗練されて表情豊かな音色への感激を忘れることができません。インタビュー冒頭の教養の話(連載第1回参照)に戻りますが、コンサートにも行かず、CDも聴かない人は、音色についてのアイデアを持つことはありません。
とは言え、音色はあくまで表現をするための材料の一つです。最近は、丸みがあり、きれいでニュートラルな音を目指す傾向がありますが、音色の美しさは最終目的ではありません。美しい音でも、何も表現していなければ、すぐに別のものが聞きたくなるでしょう。美しい音が物語を語り、何かを表現し、聴く人の心を打ってこそ、意味があるのです。先ほどの「音が美しくない」と悩む学生の音は、実際には美しい音をしていました。ただ、ドビュッシーや、シューマンを演奏する際に、自分の音をどのように使えば良いか知らなかったのです。音の美しさは大切ですが、それだけでは十分ではありません。美しい音が、奏者の感情を表し、なぜ作曲家がこの曲を書いたのか、ということを説明できなければなりません。

 

  先ほど作曲家第一(連載第1回参照)というお話がありましたが、それも音色づくりに関係するということですね。

 

アリニョン もちろんです。ドビュッシーの第一狂詩曲の話に戻りますが、ドビュッシーは、彼の時代のクラリネットの音を思い描きながらこの曲を作りました。このことを理解すると、曲の3/4を理解できたことになります。ドビュッシーを現代風の音で演奏することはできません。

エオー ドビュッシーの音色は、モーツァルトの音色でもブラームスの音色でもありません。ドビュッシーの演奏に必要な音は「色彩」です。よりニュートラルな音色を求めるために、音色から色彩を消してしまったら、何も価値がなくなってしまいます。

アリニョン モーツァルトのクラリネット協奏曲も同じことが言えます。彼の全作品の中でも特に素晴らしい曲です。あの素晴らしい第二楽章は、なぜ書かれたのでしょうか。それは、モーツァルトは友人のシュタードラーのクラリネットを聞いていたからです。シュタードラーの音色は非常に優れていたからに違いありません。これらのことを考慮する必要があります。

エオー モーツァルトは手紙の中で、シュタードラーの音について「完熟した桃のようだ」と書きました。音は手で触ることができないので、生徒に「もっと完熟した桃のような音色を出して。」とは言いませんが(笑)。
音色とは調和です。モーツァルトに合う音色を見つける必要があります。美しい音色でもモーツァルトに向いていない音色もあります。例えば、モーツァルトの協奏曲の最初のトゥッティは全ての楽器で演奏されます。しかし、モーツァルトは、クラリネットソロが初めて出てくる場面を、クラリネットと1stバイオリンと2ndバイオリンだけのトリオのように書き、オーケストラの楽器を減らしています。シュタードラーが使っていた楽器が、そんなに強い音が出なかったからです。もし、ここを現代の楽器でフォルテで吹いてしまっては、作曲家の意図と真逆のことをすることになります。

アリニョン 先日、レッスンでブラームスのソナタを演奏した学生に言いました。「よく練習したね。ただ、現代風だった。ブラームスは現代のクラリネットの音を一度も聞いたことがないのだから、今あなたが演奏したような音楽を書くことは出来なかったのだよ」と。私たちも、ブラームスが聞いていた音と同じ音を出すべきです。ブラームスはミュールフェルトのクラリネットを聞きながら、彼のためにこの曲を書きました。ミュールフェルトの音については、有名なバイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムによる「ミュールフェルトはビブラートをかけていた」という間接的な証言があります。

エオー ブラームスの音楽はアンティミスム(=内向的)で、サロンで演奏されていましたが、現在は大きなホールで演奏されています。先ほどの学生はその点を上手く調節できていませんでした。もっと心に秘められた音楽なのに、書かれたダイナミクスを大げさに演奏してしまったのです。音色も、先ほど話した枠と関わってきます。まさに枠とは、どのように演奏すべきか理解することなのです。
音色について言葉で表すのは難しいことですが、曲との関係で定義することは可能です。ブーレーズのドメーヌを演奏するときは、モーツァルトの協奏曲やドビュッシーの第一狂詩曲とは違う音色で吹きます。ですから、演奏している曲の理解が必要です。私たちはレッスンで、生徒たちを良い方向に導くよう、このように曲の理解を助けるようにしています。

 

  たとえ当時の録音が残っていなくても、楽譜や手紙の中に、音色の手懸りがあるのですね。

 

アリニョン そのとおりです。

エオー 重要なのは、演奏する曲に興味を持ち、好きになることです。クラリネットのレパートリーには数多くの傑作があり、私も演奏すること、教えることに飽きることがありません。ドビュッシーの第一狂詩曲は年に200回くらいレッスンしていますが、今回のアカデミーでも、ミシェルと「こんなことに気がついた。こんな風に思う。」と話しました。レッスンをしている時もコンサートでも、常に新しいことを学び、探究が終わることはないでしょう。18歳くらいの学生が、私たちが見つけるのに何十年もかかったことを教えてもらえるのだからラッキーです(笑)。でも、そういうことができる曲というのは素晴らしいですね!

 

アカデミー修了者のその後

 

  アカデミー最終日に特に優秀な受講生には、「ビュッフェ・クランポン賞」や「奨励賞」が贈られることがありますね。初めて「ビュッフェ・クランポン賞」が出たのは開催4年目で、受賞者は加藤明久さんでした。今年は2名の学生が「奨励賞」を受賞しました。全国からハイレベルな学生が集うなかで、どのような観点から選考されていますか。

 

アリニョン 選考基準は音楽性です。今回の受賞者は2名となりましたが、受賞しなかった学生も同じく良い演奏をしていました。残念ながら、選出するとはそういうことです。だからと言って、大勢に奨励賞を贈ってしまえば、賞金が分割され過ぎて、地下鉄の切符くらいしか買えなくなってしまうでしょう(笑)。

 

  アカデミーで最も重要なのは講師との出会いです。松本健司さん、亀井良信さん、大和田智彦さん、吉野亜希菜さん、芳賀史徳さんなど、現在活躍されている大勢の奏者が、過去にアカデミーで先生方と出会い、フランスに留学されました。アカデミーはフランス留学へのきっかけを作っていますね。

 

アリニョン そうですね。パリ国立高等音楽院は難関校ですが、今名前の挙がった方々は良い演奏をしていました。また、彼らの先生が「パリで勉強してきなさい」と助言しました。先生の影響は大きく、例えば、武田忠善氏などは、自分の生徒にパリで勉強すべきだと話しています。

エオー 確かに先生とコンタクトを取る方法の一つです。私は今年、パリとローザンヌの音楽院で日本人学生を教えました。彼らと出会ったのも、このアカデミーと京都フランス音楽アカデミーです。パリやローザンヌの入学試験で合格できなかった学生には、他の音楽院に入学できるように、良い先生がいる学校や、クラスの空き状況などの情報を提供しています。アカデミーでは先生に直接相談できますし、後日メールでやりとりをすることもできます。例えば、Yさんという学生とは、京都のアカデミーで出会いました。当時14、15歳でしたが、才能に気づき、「君は特別なものを持っているから、それを伸ばすべきだよ」と伝えました。そこで、18歳で留学できるよう準備を整え、無事パリ国立高等音楽院に入学しました。今回のアカデミーでも、「一年後にフランスで勉強したいと思っているのですが、フランスとローザンヌのどちらにしたらよいでしょうか」と学生が相談に来ました。

 

~つづく~

連載最終回は、エコール・フランセーズの現在と、アカデミーの今後についてお話を伺います。

 

※ アリニョン氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
トラディション

※ エオー氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
ディヴィンヌ

※ トラディションは2019年6月にバージョンアップされ、接合部分の補強リングやLowFコレクションキーなど、仕様の一部が“LÉGENDE”と同等になりました。詳しくはこちら

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