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BCJ Clarinet Academy Interview Vol.3

エコール・フランセーズ(フランス学派)の継承者、ミシェル・アリニョン氏とフローラン・エオー氏に、2019年8月に開催されたBCJ クラリネット・アカデミー(旧称:欧日音楽講座)の感想をとおして、演奏家、教育者としての考えを伺い、3回の連載として公開します。最終話となる第3回目ではエコール・フランセーズ(フランス学派)と、アカデミーの今後ついて、お話を伺いました。
(2019年8月9日、東京、通訳:檀野直子)

連載第1回はこちら、第2回はこちらからご覧ください。

 

エコール・フランセーズとは

 

  ビュッフェ・クランポン・ジャパンを設立した作曲家の保良徹氏は、エコール・フランセーズのメソッドを伝え、日本の音楽界に貢献するためにアカデミーを立ち上げたと述べていました。まずは、エコール・フランセーズとはどのようなものなのか教えてください。

 

アリニョン(敬称略)エコール・フランセーズは、1950年代から80年代の間に確立された強力な伝統です。サンソン・フランソワやジノ・フランチェスカッティなどのフランスの優れた演奏家が、エコール・フランセーズ特有のスタイルで、重要なことを表現していました。中でも、フランスの管楽器は世界最先端で、華やかな技術を誇りました。世界中の指揮者達が、彼らと共演するためにフランスに来ることを好んだほどです。それと同時に教育現場でも伝統が継承されました。
 クラリネットに関しては、ドゥプリュ氏をはじめとした素晴らしい奏者達が奏法を広めました。彼らの特徴は、敏捷さ、運指の速さ、アーティキュレーションに顕著に表れました。エコール・フランセーズの伝統では、アーティキュレーションははっきり決められていて、とても正確に演奏します。現在のエコール・フランセーズについて語るときにも、アーティキュレーションは欠かせない特徴です。

エオー(敬称略)  エコール・フランセーズは三つの要素から成り立ちます。
 一つ目は、教育者。有名なクローゼなど、メソッドを書いた人です。
 二つ目は、レパートリー。
 レパートリーの歴史はパリ音楽院と繋がりがあります。19世紀末、全てのパリ音楽院の試験曲は、作曲家に依頼されていました。ヴィドール、メサジェ、ドビュッシーなどです。これらのレパートリーは100年経っているので、フランスの奏者達は、自分たちの文化の一部として捉え、慣れ親しんでいます。先ほど、フランスの管楽器奏者は技術的に優れていたという話がありましたが、それは、パリ国立高等音楽院の試験のために、ガロワ・モンブランのコンチェルトシュトゥックのような難曲が毎年作曲され、年々曲の難易度が上がっていたからです。但し、現在では世界中の奏者がこれらの曲を演奏していますので、技術的に華やかな演奏スタイルに関しては、必ずしもエコール・フランセーズ特有のものとは言えなくなってきています。
 そのほか、パリ音楽院とは直接の関係がない作品もあります。ミシェルがよく演奏している、ブーレーズ、ベリオ、ドナトーニなどの現代曲です。ミシェルはこれらの曲を初演しましたから、作曲者と直接のつながりがありますし、私もミシェルから説明してもらっていますので、生徒に伝えることができます。
 三つ目は、楽器製造との結びつき。奏者は製造者と交流を深め、理想とする演奏を実現させるために、楽器の改良に関わってきました。この歴史の中で、特に〈ビュッフェ・クランポン〉は大きな役割を果たしています。〈ビュッフェ・クランポン〉は革新の中心です。

アリニョン そうです。私が「〈ビュッフェ・クランポン〉の音」と呼んでいる伝統の音があり、100年以上も前から続いています。

 

  エコール・フランセーズは、明るい音色も特徴だと聞いたことがありますが、いかがでしょうか。

 

エオー 実際、明るい音で吹いていた時期もありました。色彩の豊かさも特徴で、ドビュッシーやラベルやプーランクが管楽器のために多くの作品を遺したのは、彼らがこのような音を愛したからです。一方、この頃のドイツでは、より他の楽器と溶け合う音のクラリネットが求められていました。そのため、二つの楽派の特徴は、明確に異なりました。その後フランスは、1970、80年代から「もっと音に丸みを持たせるべきだ」と考え始め、二楽派の中間のような音を見つけて進化していきました。

アリニョン この音色の変化については、オーケストラの規模が大編成になったという外的要因があります。また、指揮者が世界各地で演奏する際、どこでも同じような音を求めたため、更に画一化が進みました。

 

  エコール・フランセーズとドイツ楽派の演奏が近づいてきたのですね。

 

エオー 音の観念がより普遍的になってきているため、私たちの音がドイツ楽派寄りになり、ドイツ人奏者がエコール・フランセーズの音に近づいてきているのは確かです。とは言え、フランスとドイツには楽器のシステムという決定的な違いがあります。また、最終的には楽派の違いよりも、一人一人の奏者の性質が音の違いとして表れるものです。先ほど名前が挙がった偉大なフランス人演奏家も、それぞれ個性がありました。
 現在のフランスの音は、昔のように明るい音ではなくなっていますが、ドビュッシーの演奏には色彩豊かな音が必要です。響きのない音でドビュッシーを演奏しても、何も聴衆に語りかけることができません。ドビュッシーの音楽は、音の中にある詩的な美しさを基に作曲された「色彩の音楽」だからです。
 昔は、今のように世界がつながっていませんでした。現在は、人々は旅行をし、インターネットなどで通信しています。そのため、誰もが全ての情報を手に入れることができ、それぞれの楽派の良いところを取り入れたり、そこから着想を得たりするため、画一化が進んでいます。エコール・フランセーズもほかの楽派から影響を受け、以前よりエコール・フランセーズが音にはっきり現れなくなってきたことは確かですが、逆にエコール・フランセーズの影響も世界中で見られます。例えばポーランドで私が教え始めた頃は、ソビエト連邦との政治的結びつきがあったため、音色もソビエト連邦で演奏されていた音に近い鋭いものでした。しかし最近では、明らかにエコール・フランセーズの影響を受けた演奏になっています。

 

ルーツの重要性

 

  他の楽派からの影響に関しては、いかがお考えですか。

 

エオー 先ほど芸術のルーツについて話しましたが、エコール・フランセーズもその一部で、あっという間に失われてしまう可能性があり、守らなくてはならないものです。例えば、日本人は自国の文化に愛着があり、守っていきたいと考えていると思います。それが日本を特別な国にし、人々を魅了します。
 とは言え我々は、勉強の仕方、解釈の仕方など、決して排他的ではありません。枠とは文化です。世界に対して開かれていながらも、自国の文化というルーツを大切にすることは重要なことです。これを失ってしまうと、私たちは自分を見失ってしまいます。

アリニョン 私は学生の頃、パリ国立高等音楽院から奨学金をいただき、2カ月間アメリカに留学しました。それまで私は小さくまとまった昔風の音で吹いていましたが、オーケストラの規模は大きくなっていましたし、全ての楽器が改良されていたので、変わる必要も感じていました。アメリカ楽派は昔、エコール・フランセーズの一部だったため、私が留学した頃も1900年代の典型的なエコール・フランセーズの影響を感じましたが、大編成のアメリカオーケストラに対応するために強い音を出し、エコール・フランセーズとは別の道を歩み始めていました。この短いアメリカ滞在で、アメリカの音色を聴き、学ぶことによって、私の吹き方は変わりました。だからと言って、私自身や表現したいものは変わりませんでした。ただ、私の中に元々あったものを調節しただけです。
 楽派は現在、お互いに影響し合っていますが、それは一定の範囲においてです。楽派は文化の一部です。先ほどのフローランの話のように、日本文化、ドイツ文化など、それぞれが重要です。例えばドイツ楽派は、フランス式とは異なるドイツ式の楽器を使い、ウィーン、ベルリンと、独自の文化を継承し続けています。古いものに固執しているのではなく、素晴らしいと感じているものをやり続け、進化もしています。これは素晴らしいことです。ベルリンフィルの首席のオッテンザマー氏は昔と全く同じ演奏法ではありませんが、オーストリア楽派であることは明らかです。結論としては、楽派はとても重要ですので、存在し続けなくてはなりません。エコール・フランセーズ、ドイツ楽派、アメリカ楽派、日本楽派。日本楽派も大切です。日本にも確固とした楽派が存在しています。

 

  現在国別の差が少なくなっているなか、エコール・フランセーズは、今後どのように変わっていくのでしょうか。

 

アリニョン 今重要なのは、エコール・フランセーズを存続させ、守ることにあります。
 4年前、私はフローランにBCJアカデミーの講師の仕事を依頼しました。彼が現在のエコール・フランセーズを代表する傑出した奏者だからです。ほかにはいません。彼がエコール・フランセーズを守っていくのです。
 フランスには他にも優れた奏者がいますが、私から見ると、必ずしもエコール・フランセーズを代表しているとは言えません。先ほど少し触れたように、多くの奏者が「音楽」より「目立つこと」を重視しています。もしこの方向に皆が続くようであれば、エコール・フランセーズは危機に陥ることでしょう。それどころか、フランスでのみならず、世界中の奏者が同じような演奏をすることになってしまいます。それは、音楽にとっても危険なことです。しかし、過剰になったものは元に戻り、いつの日か程よいものに落ち着くだろうと、私は考えています。

エオー 私は15年ミシェルに師事するという幸運に恵まれました。楽器を始めて音楽院の一番上のクラスまで、このように長く同じ先生に教わる人はほとんどいません。そして、自分が教師になってからは、定期的にミシェルをマスタークラスの講師として招き、パリ音楽院で彼のクラスのアシスタントになりました。この間、多くのことを学び、今は、受け継がれてきたものを次の世代に伝えていきたいと思っています。現在は昔よりもっと難しい曲を演奏しますから、その状況に合わせて、エコール・フランセーズの流れに沿った教則本や音階、エクササイズについての本などを書き、メソッドを発展させています。

 
伝統と進化 

 

  伝統も進化するのですね。

 

エオー  自国の文化やルーツを会得したら、課題を見つけて、何を新たに取り入れるかを考え、進化させることが必要です。私は「エコール・フランセーズの長所は?ほかの楽派の長所は?」と考えながらエコール・フランセーズを進化させようと努めています。
 例えば、パリ国立高等音楽院の教育はソリスト育成所として高く評価されており、協奏曲のソリストを務めるような華やかな奏者を育てますが、ソリストになるべく教育されても99%はソリストにはなれず、オーケストラ奏者や教育者になるため、教育機関として理にかなっていない点もあります。反対に、アメリカ楽派はオーケストラに重点を置き、オーケストラ奏者を育成しています。ですから私は、ローザンヌ音楽院では、学生が一定の水準の演奏力を身に着けられるよう導きながらも、オーケストラ奏者や教育者にもなれるように指導しています。例えばオーケストラでの奏法に関しては、学生にオーケストラの1st、2ndクラリネットのパートを二人で練習してもらい、レパートリー毎のそれぞれの役割や、演奏法を伝えるレッスンをしています。
 伝統の進化については、自分で工夫するだけでなく、他の奏者や学生と意見交換することでもアイディアが生まれます。私は今、エコール・フランセーズをどのように進化させ、クラリネット界に貢献できるかを考えています。そして、誰かの役に立つことができれば嬉しく思います。

 

  エコール・フランセーズを代表する先生方として、アカデミーで最も伝えたいことは何でしょうか。アカデミーへの抱負と、期待を教えてください。

 

アリニョン 違う見方で考える方法を伝え、文化を結びつける本アカデミーは有益です。私がアカデミーを始めた頃は、日本のクラリネットには改善すべき点が沢山ありました。現在はレベルが向上しているので昔とは異なりますが、演奏家は向上し続けなくてはなりません。私がしたいこと、そしてほかの人にも期待することは、このまま続けていくことです。また、アカデミーでは文化交流が行われ、一生忘れられない人との出会いの場所になっています。アカデミーに過去に参加した学生が、現在演奏や教育分野において要職に就き、アカデミーの思い出を大切にしてくれていることを嬉しく思います。

エオー 教育者としての私たちは、〈ビュッフェ・クランポン〉と同じ道を歩んでいます。例えば、”トラディション”という名前のクラリネットは、50年前の楽器ではありませんが、〈ビュッフェ・クランポン〉の音を持ち、伝統を基に進化したクラリネットです。私たちは、変化する世界に合わせて、伝統と文化を失うことなく進化しています。

 

※ アリニョン氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
トラディション

※ エオー氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
ディヴィンヌ

※ トラディションは2019年6月にバージョンアップされ、接合部分の補強リングやLowFコレクションキーなど、仕様の一部が“LÉGENDE”と同等になりました。詳しくはこちら

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