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質疑応答 vol. 2
2021年8月末に開催されたビュッフェ・クランポン・ジャパン オンライン欧日音楽講座では、東京と大阪の会場に受講生が集まり、フランス学派を代表するクラリネット奏者、ミシェル・アリニョン氏、フローラン・エオー氏のオンラインレッスンを受講しました。
本インタビューでは、欧日音楽講座の受講生から寄せられた質問に対して、アリニョン氏、エオー氏から得た回答を3本の記事に分けて掲載します。連載2回目のテーマは、楽曲への取り組み、表現力の磨きかたです。(2021年9月、東京、通訳:檀野直子)
連載1回目「日々の練習について」はこちら
楽曲への取り組みかた
オンライン欧日音楽講座の受講生数名から、新しい楽曲を演奏される際に、何から着手し、どのように取り組まれているか、という質問が寄せられました。また、ある受講生からは、自分はYouTubeで演奏を聞くことから始める習慣があるが、それによって影響を受けすぎてしまうリスクも認識しているので、他のアプローチ方法を知りたい、という、具体的なエピソードを交えた質問もいただいています。アドバイスをいただけますか。
エオー(敬称略) 変わった方法かも知れませんが、私が新しい曲の練習を始める時は、「ああ、このパッセージ好きだなぁ!」と、直感的に自分の好みに合うパッセージを感じ取るようにします。一種の一目惚れです。そして、なぜこのパッセージが好きなのか、どのように曲としてまとめ上げるか、と思考し始め、結論を導き出していきます。
一目惚れをすることは大切なことだと思います。何故なら、この一目惚れがその曲を演奏したいという動機になるからです。たとえ毎日3時間練習しなくてはならなくて、練習に嫌気がさしたとしてもです 笑。
アリニョン(敬称略) エオー氏に同感です。音楽を文学や絵画と比べてみることもできます。例えば文学。川端康成の雪国を読めば、作品があなたに語りかけます。あなたはお気に入りの一節を何度も読み、作品への理解を深めていくでしょう。音楽でも同じです。エオー氏が述べられたように、楽曲の中にも他と比べて特に気に入る箇所があります。当然、その箇所を吹きたくなります。
しかし、このアプローチには問題が一つありますね。私たちは曲全体を演奏するので、あまり好みでない部分も練習しなくてはならないからです 笑。
エオー アリニョン氏が少し触れた絵画の例えは良いと思います。絵画を鑑賞する時は、まず全体を眺めます。作品全体に対して感情を抱くことは大切なことです。その後、視線は絵の一部分に注がれ、私たちは次第に細部まで見始めます。実際、このように、作品は全体像を捉える必要があり、その後、細部まで理解していきます。
受講生が語ってくれたYouTubeのエピソードからも分かりますが、音楽を聴くことは、より複雑です。この受講生は、誰かの演奏を聴くことで自分の演奏が影響を受けすぎてしまうことを心配していますが、影響を受けすぎないようにするためは、逆に様々な演奏を聴くことをお勧めします。
私も新しい曲を練習し始める時には、曲の全体像を捉えるために、誰かの演奏を聴くことが多いですよ。
新しい曲に取り組む際には、全体像を捉えることから始めるのが良いと思いますので、例えば、協奏曲の第1楽章だけを練習する時は、他の楽章も聴いてください。協奏曲は全楽章で1曲です。その後、細かい部分は練習をしながら少しずつ理解していきます。
アリニョン その通りです。手短に大切なことを付け加えたいと思います。音楽教養(culture)という概念です。みなさんは、ある曲をどのように演奏するかアイデアを持っていない時、YouTubeで聴こうとします。多くの演奏を聴くでしょう。しかし、もし教養がなかったら、どの演奏を選ぶのでしょうか。ここが問題です。
エオー 数年前に教えていた生徒のエピソードを話しましょう。パリ音楽院の入学試験の課題曲にバッハのエチュードが出されたのですが、彼女はそれまで全くと言って良いほどバッハを聴いたことがありませんでした。そのため、彼女はバッハの様式感から外れた演奏をしました。バッハはクラシック音楽の基礎のようなものですから不思議に思いましたが、私は最初に、この曲だけでなく「バッハの曲を聴きなさい」と助言し、数曲リストアップして渡しました。すると、瞬く間に彼女の演奏は良くなっていきました。彼女がバッハの様式、世界観を理解したからです。彼女は本当に良い演奏ができるようになり、パリ音楽院に合格しました。
私たちに鑑賞が必要なのはクラリネットの曲だけではありません。例えば、私は先ほどのレッスンでウェーバーの協奏曲第一番を吹いた生徒に、魔弾の射手を聴くべきだと言いました。第1に、素晴らしいオペラですし、トレモロ(第1楽章231小節目から)が表現している雰囲気を理解することができると思います。それは、詩情を帯びた森の空気、夜、悪魔などで、ウェーバー作品の大きな魅力です。魔弾の射手やウェーバーの他の作品を聴くことによって、協奏曲第一番のクラリネットの最初の入り方や、トレモロが表現していることをより深く理解できるようになると思います。それこそ教養です。
動機を維持するために、まずは特定のパッセージに一目惚れする、全体像を捉えるために、複数の優れた奏者の演奏を通しで聴く、様式や作風の理解を深めるために、同じ作曲家の作品をクラリネットに限らず聴く、といった方法があるのですね。
オンライン欧日音楽講座2021 大阪会場(写真左)、東京会場(写真右)のレッスンの様子
表現力の磨きかた
さて、次のテーマに移りましょう。表現力をどのように磨くのか、という質問も多数寄せられました。
アリニョン 先ほどの質問に対する回答と同じになりますが、表現力の豊かさは、教養次第です。例えば、偉大なヴァイオリニストや、偉大なピアニストたちの演奏を聴いたことがあれば、彼らの演奏を知っているのですから、教養があるということです。
しかし、このような名演を聴いた際、ふた通りの反応があります。感動しない、または、感動する。当然、ここで感動しない人には何も施しようがないので、ほぼ望みがありません。一方、感動する人には未来があります。私にとって重要なことは、他の人の才能です。常に他の人の素晴らしい演奏を聴き、私にもできるだろうかと考えて練習してきました。
エオー 表現力を磨くためには、2つのステップがあります。
まずは、ほかの人の表現力の豊かさに敏感でいるということ。私の場合、子どもの頃にアリニョン先生が吹いてくださったお手本が今でも耳に残っています。ですから、敏感でいることの大切さが分かります。
そして、どうしたら同じようにできるようになるか、また、怖がらず、緊張せず、消極的にならず、自分を表現することができるよう、身体や頭の中が十分に自由な状態になるためにはどうしたら良いのか、という疑問が沸いてきます。これは、きっと一生の勉強だと思います。個性を創る、どのようにすれば自分の音色で感情を伝えられるかを自覚する、この音で美を体現できるという自信を持つ、等、私たちを夢中にさせる一生の勉強です。だから、私たちは演奏し続けるのです。ただ単にクラリネットが好きだから、上手くなりたいだけでやっているのではありません。自分が感じていることを音楽で表現できるようになり、聴衆に伝える、という人生の目的なのです。長い長い勉強です。
アリニョン 全く同感です。一生勉強です。全ての偉大な演奏家、画家、作家の人生もこのようなものです。これは、一生かかる本当に難しい仕事です。偶然クラリネットに出会い、情熱を傾け始めたら、辛い経験をすることがあっても、これこそ自分が生涯をかけてやることだ!と決めるのです。もし、決められないようでしたら、残念ですがそれまでのことです。
エオー このインタビューでは、指導者の役割についてもお話してきましたが、先生には、生徒が自分の音楽を表現できるよう導く大事な役割もあります。そして、ある日突然、生徒が美しいフレーズを奏でたら、それは良い方向に進んでいるということです。彼は、また同じようにやりたいと思い、更に良くしたいと思うことでしょう。ここで先生が重要な役目を果たします。
例えば、アリニョン先生のレッスンでは、表現や歌い方について特に多くの指摘があります。私にとっても歌うこと、表現することは重要なことです。このように始まり、一度コツを掴めば、生涯を通してもっと磨いていくことができるでしょう。
美しい音色を得たり、様々な音色を出せるようになるためには、どのような練習が必要か、という質問も数多く寄せられました。
エオー 同じく教養です。私たちはあらゆる場所でクラリネットの演奏を聴き、様々な音色を聴くことができます。そして、「この音が好き、これはあまり好きではない、なぜなら…」と感じることができます。様々な音色を知り、それを評価できるのは、まさに教養です。
また、演奏技術や、楽器と仕掛けも重要です。常に音の美しさを追求しているビュッフェ・クランポン社の楽器は、自分の音色を探求する際、大きな要素の一つになると思います。
アリニョン先生、エオー先生のように楽器の音を遠くに届けるためにはどのようにすれば良いのか、という質問も頂いています。
アリニョン 笑。それは、難しいです。経験や情熱、今までお話した全てが必要です。私は、自分の演奏がホールの奥にいる人まで聞こえてほしいから、ホール中に聞こえるようになるための練習をします。それにはある種の才能が必要です。
エオー 技術的な面からお話しますが、ある一定のレベルに達した生徒にとって、重要なことが2つあります。1つ目は、練習の仕方、つまり、効率的な練習法を身につけること、2つ目は、聴く力を身につけることです。演奏していれば、当然自分の音を聴いていると思っているでしょうから、少し奇妙に思えるかもしれませんが、特に緊張が原因で聴けていないのです。例えば、生徒たちがクレッシェンドをかけようと思い、クレッシェンドをかけます。しかし、技術的に上手くいかない場合は、クレッシェンドが聞こえてきません。ですから、聴く力を身につけて、自分の外側に耳を持たなければなりません。この耳が、クレッシェンドが思った通りにかかっているかを聴き分けたり、ホールの奥まで届いた音が壁に当たって跳ね返ってくるのを聴くからです。
これが音の聴き方であり、自分の音の響きを良くするために必要なことです。
オンライン欧日音楽講座2021で会場とオンライン通信を行うアリニョン氏、エオー氏
連載3回目(緊張解消法、フランス留学)に続く
※ 連載3回目の公開は、10月5日を予定しています。
◆関連インタビュー
記事タイトルよりアカデミー講師のインタビュー記事をご覧いただけます。
MY STORY | ミシェル・アリニョン(元フランス国立パリ高等音楽院教授、大阪音楽大学客員教授) フローラン・エオー(フランス国立パリ地方音楽院およびローザンヌ高等音楽院教授、大阪音楽大学客員教授) |
【連載】 BCJ Clarinet Academy 2019 |
第1回「音楽的教養、伝統の尊重と表現の自由」 第2回「教師の責任、音色づくり、フランス留学ついて」 第3回「エコール・フランセーズ(フランス学派)とアカデミーの今後」 |
ジャック・ランスロ 国際クラリネット・コンクール2018 |
ミシェル・アリニョン(元フランス国立パリ高等音楽院教授、大阪音楽大学客員教授) |
クラリネットの選びかた | フローラン・エオー(フランス国立パリ地方音楽院およびローザンヌ高等音楽院教授、大阪音楽大学客員教授) |