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Michel Arrignon Interview 2018

クラリネットの巨匠であり、エコール・フランセーズを代表する世界的ソリスト、ミシェル・アリニョン。2018年8月末から9月にかけて開催され、アリニョン氏が審査員長を務められた「ジャック・ランスロ国際クラリネット・コンクール」についての感想を中心に、インタビューを行いました。
取材:ビュッフェ・クランポン・ジャパン(2018年9月5日・東京にて)

コンクールを終えて

  まず、ジャック・ランスロとの出会いについて教えてください。
アリニョン 若い頃からランスロ氏のコンサートに行き、演奏を聴いていました。最初の出会いは私がブルターニュ地方のサン・ブリユーにある国立音楽学校でクラリネットを学んでいた時です。その時ランスロ氏は、学校の試験に審査員として参加され、演奏のアドバイスをしてくれました。その後、パリの国立高等学院で再会しました。ランスロ氏はピエール・ピエルロ教授のアシスタントとして、室内楽のレッスンを担当されていました。

  ランスロ氏はどんな方でしたか。
アリニョン 教師として、とても優しく、相手を尊重してくれる方でした。そして、教える時には婉曲的な話し方をされました。「それはダメ。」というような話し方は決してせず、「そうだね…。実はこんな風にやっても悪くないんだよ。試してみない?」というふうな話し方でした。生徒一人一人の人格をを本当に尊重していたからです。
クラリネット奏者としての氏は、極めて気品のある演奏をしました。それはフランス派(エコール・フランセーズ)を代表するだけでなく、真珠のように美しいものでした。とても優雅で、決して力まない。それがランスロ氏です。ランスロ氏は作曲家が譜面に書いたことを必ず尊重しました。もちろん、譜面を尊重するのはランスロ氏ならでは、ということではなく、演奏家にとって最優先項目です。ランスロ氏の精神はフランス音楽の精神と同じく、気品があり、フォーレ、ラヴェルなどと共通するものでした。とは言えフランス音楽だけが得意だったわけでなく、彼のモーツァルトの演奏は世界的な評価を得ていました。優雅で気品のある演奏だったからです。

  今回のコンクールの印象はいかがでしたか。
アリニョン 時代が変わったと感じました。参加者たちの演奏には、素晴らしい瞬間や音楽に対する誠実さを感じて評価することもありましたが、残念ながらそのような参加者は少数でした。多くの参加者は、音楽を自分を目立たせるために利用しており、支持できませんでした。音楽は音楽であるべきです。しかし、それは時代のせいです。今はエゴイズムとデモンストレーションの時代です。私、私、私、そして私、と主張する時代。コンクールでも、デモンストレーションを沢山聴きました。皮肉なことに、自分を際立たせようと工夫した結果、他の参加者たちと全く同じ演奏になってしまった人たちがいました。そのため、モーツァルトの協奏曲2楽章で、譜面に書かれた音に人工的な脚色を加えずに感情を込めて演奏した参加者が、際立って素晴らしく聴こえ、評価されました。譜面を蔑ろにしてデモンストレーションに走るのは、ランスロの精神に反しており、真逆だと言えます。誰が悪いというわけでもありませんが、今はこういうものなのです。

  今回のコンクールでは、日本人が入賞しませんでした。何が足りなかったのでしょうか。
アリニョン 残念ながら全ての審査員からの高評価を得ることができなかったからです。個人的に知っている日本人参加者もおり、以前聴いた時と比べてとても成長し、上手に演奏したな、と嬉しく思いましたが、選考から外れてしまいました。

  日本人参加者の演奏レベルが低下したということはありませんか。
アリニョン それはありません。クラリネットに限らず、日本は日本です。私は、日本の奏者は音楽的な趣味の良さを保持するという役割の一端を担っていると思っています。日本は日本らしくなければなりません。日本には、ランスロが来日する前から偉大なクラリネット奏者達がおり、品格のある演奏の伝統が既に存在していました。ランスロはそれを強化し、発展させました。現在の日本の偉大なクラリネットの教授は、皆ランスロから教えを受けています。そのようにしてエコール・ジャポネーズ(日本派)が成立しています。日本には20年前から教えに来ていますが、日本のレベルが低下したということはありえません。昨日、都内の音楽大学でクラリネットの学生たちを指導し、数曲聴いてきましたが、ランスロの受賞者より上手に演奏した学生もいましたよ。

  本選のモーツァルトのコンチェルトについて、参加者の演奏のテンポが速過ぎた、とコメントされていますね。
アリニョン モーツァルトはクラシックです。その時代に演奏されたテンポというものがあります。単純にその時代の楽器で演奏可能なテンポだった、ということもありますが、全ての音が聴き取れる、美しいフレーズを作るという様式美も重要です。モーツァルトの協奏曲を演奏するにあたり、第1に必要なのは作曲家の指示を尊重することです。第2に、モーツァルトの精神を理解しなければなりません。そのためにはモーツァルトを好きになる必要があります。モーツァルトらしくない演奏を聴くと、モーツァルトが嫌いなのだな、と残念に思います。また、好きだとしても、それは高速で華やかに吹きこなせるから、という理由なのでしょう。そのような演奏を認めることはできません。

  コンクールでは〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネットを使っている参加者が大勢いらっしゃいました。
アリニョン 正確な確認はしていませんが、聴いて判断した限りでは、109人のうち、102人が〈ビュッフェ・クランポン〉を吹いていました。ここで広告塔になろうというつもりは全くないのですが、それは偶然ではありません。〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネットは最も優れていますからね。

  具体的に〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネットはどこが違うとお考えですか。
アリニョン それを聞き分けるには、音楽に対する美的感覚と演奏技術の完璧な習得が必要ですが、各奏者の吹き方を見ながら音を聴けば、どの楽器を使っているかは分かりますよ。もし奏者がスタイルや音色について繊細な感覚を持たず、何も考えずに吹く人であれば、楽器は何を吹いても変わりはありません。選ぶ楽器で、音響、音の質にどの程度関心を持っているかが分かってしまいます。厳しい事を言うように聞こえるかも知れませんが、それが私の楽器に対する揺るぎない考え方です。

  今後コンクールに挑戦する日本人奏者にアドバイスを頂けますか。
アリニョン 日本人奏者たちが今やっていることを続けるべきです。つまり、作曲家の書いた音楽に対して誠実であること、日本に既に存在しているスタイルを掘り下げることです。私は日本人の演奏をとても心地よく感じています。聴きたい音楽を聴くことができます。その上で、芸術性に個人差があります。日本人の演奏には趣味の悪さ、突拍子のなさが絶対にありません。先ほど、コンクールで目立とうとした結果、他の参加者と同じ演奏になってしまった参加者たちの話をしましたね。ルールと例外は別のものです。今日、存在するためには例外でなければならない、と考える人が大勢います。しかし、例外しか存在しなくなったら、ルールはどこへ行ってしまうのでしょうか? 私は例外は好きですが、それが例外としての役割を果たしている時だけです。良い趣味、というのはまずは作曲家が書いた事をきちんと演奏することです。そして、自分のために演奏するのではなく、作曲家が書いたことを聴衆に聴かせるために演奏するのです。日本人には音楽に対する強い感受性があり、西洋音楽を理解し、それが演奏にも現れています。日本人の性格は謙虚で、それが音楽への正しい取り組み方、ひいては良い演奏へと導いています。

  日本人奏者の成長には、BCJ クラリネット・アカデミー(旧欧日音楽講座)で長く講師を務められるなどして、アリニョン先生も大きく貢献くださっていますね(注1)。アカデミーには、いつから参加されていますか。
アリニョン 20年ほど前からです。ギィ・ドプリュ氏の後任として、当時のビュッフェ・クランポン・ジャパンの社長、保良徹さんに依頼されました。

  講師を続けられている動機は何でしょう。
アリニョン まず、教える事が好きだからです。自分の知識を伝えることに情熱を持っています。そして、日本のクラリネット奏者たちが好きだからです。上達したいという気持ちが強く、レッスンが役に立っているという実感が持てます。アカデミー参加者の中には、素晴らしいプロ奏者になった方も大勢います。

  日本人の奏者たちは20年前と変わってきていますか?
アリニョン 良い意味で進化しています。しかし重要なのは、本質が変わっていないことです。レッスンに、派手な演奏をひけらかすために来る生徒はごく僅かです。日本人の生徒は、本当に学ぶためにレッスンに来てくれます。素晴らしいことです。そういう態度で来てくれた生徒には、全てを教えてあげたいという気持ちになります。

  現代は何でも画像で見せる時代だから、派手な演奏が増えてきているのでしょうか。ネットではyoutubeやfacebookで自分をアピールできるし、CDのジャケットの写真やデザインも、昔と比べて随分洗練されています。画像や映像でアピールするなら、派手さが必要になってきます。
アリニョン 確かにそういう時代ですが、音楽は見世物ではありません。美的感覚を持つ聴衆は、それを見破ります。派手に目立たなければならない、というのは罠です。だからこそ、教師がそれを「ダメ」と言わなければならないのです。もし派手さだけを追い求めてしまえば、堕落してしまいます。

  youtubeで人気になり、テレビに招かれ一躍有名人も出ていますね。
アリニョン そういう例は既にありますが、今日のそのような名声は一過性のものです。それは、彼等はうわべの華やかさだけで評価されているからに他なりません。技術に優れいていても、人気は1年、2年だけ続き、新しく現れた更に派手な演奏する奏者に取って代わられるだけです。そのような名声は儚いものですよ。

使用楽器について

  今ご使用のクラリネットの機種を教えてください。
アリニョン ”トラディション”と”レジェンド”、”トスカGL”です。”トラディション”はプロトタイプを持っており、愛着を持っています。

  ”トラディション”と”レジェンド”は新しい内径のクラリネットとして近年開発され、アリニョン氏も開発に参加されました。既に”トスカ”、”ディヴィンヌ”という最高機種があるにも関わらず第3の内径が開発された理由を教えてください。
アリニョン ビュッフェ・クランポン・グループの方針で、私も支持している考え方なのですが、選択肢の可能性に対して、常に開かれていなければならないからです。クラリネット奏者にも様々な人がいます。プロの演奏する機種として、”RC”、”プレスティージュ”、”R13″、”フェスティバル”、”トスカ”、”ディヴィンヌ”、”トラディション”、”レジェンド”、という幅広い選択肢があります。音作り、音質、美的感覚を大切にする全てのクラリネット奏者に対して、選択肢があるのです。

  ”トラディション”は何を目的に開発されたのでしょうか。
アリニョン ”トラディション”の開発ストーリーは美しいものです。開発に参加したテスター全員、ポール・メイエ氏、二コラ・バルディルー氏、私が、〈ビュッフェ・クランポン〉が50年ほど前に製造していた、あの素晴らしい音のクラリネットを復活させたい、と望んだのです。それは、例えばランスロが愛用していたコンティネンタルや、BC20をはじめとした、古い内径の機種です。その音色を持つクラリネットは当時廃版となりました。美しい音色とイントネーションの良さを両立するだけの技術がなかったからです。しかし、現在の〈ビュッフェ・クランポン〉には両立を可能とするノウハウがあります。二コラは若い世代、ポールは中堅の世代、私は古い世代に属しますが、その全員が「この音を復活させよう」と思ったのは、素晴らしいことでした。全員が望んだプロジェクトなので、開発はスムーズでした。テスターのそれぞれが、アイディアを出し、〈ビュッフェ・クランポン〉のエリック・バレ氏が中心となってひとつひとつを開発プログラムに組込みました。本当のコラボレーションでした。

  ”トラディション”を愛用する理由を教えてください。
アリニョン 伝統的な独特の音色です。私がクラリネットを始めた時と同じ内径ですから、個人的な愛着があります。最初に試奏した時、二コラとポールに「ああ!これが子供のころに吹いたクラリネットだ!」と思わず言ってしまいました。”レジェンド”も大好きですが、このような個人的な理由で、”トラディション”を吹くと、ただただ満足してしまうのです。

  3本使用されている中で、どう使い分けているでしょうか。
アリニョン その時の気分で変えていますが、この曲だからこの楽器、という選び方はしていません。ここで言及しておきたいのは、”トラディション”は一部の奏者が抱いているイメージとは異なり、非常に遠くまで響く力強い楽器だということです。”トラディション”は奏者の耳元では音が小さく感じられることがあるのですが、ホールでは、豊かな倍音が多く含まれているため、よく響きます。実際にあったエピソードをお話しましょう。あるオーケストラ奏者たちがトラディションを試すために〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器開発者エリック・バレ氏のもとにやってきました。第一印象は、耳元で聞こえる音が小さい、ということだったのですが、その後ホールに移動して一人一人試奏したところ、最もよく響くのは”トラディション”だったそうです。近くと遠くで違って聞こえることはよくあることこため、楽器を選ぶ際には注意が必要です。

  それでは、”レジェンド”はなぜ開発されたのでしょうか。
アリニョン 最高品質の楽器を作るためです。素晴らしい仕上げ、デザインも美しく、異なる金属を使用することにより、よく鳴ります。特別な人が乗船する立派な海軍大将乗艦のようなものですね。”プレスティージュ”の上位機種である”ディヴィンヌ”、”フェスティバル”の上位機種である”トスカ”と同じです。”トスカ”は人気が高く、今では誰もが使っていますけれどね。”レジェンド”では、例えば金(ゴールド)の使用により音が変わります。ランスロの昔話ですが、金を使用したクラリネットを含む数本を私の目の前で試奏した際、「アリニョン君、おかしなことだね。金を使っているからという訳では全くないんだけれど、金を使ったクラリネットを吹くたびに、響きの良い音がするよ。」と、ランスロらしい表現でコメントしていました。確かに金を使っても音量は変わりませんが、鳴りは良くなります。

  〈ビュッフェ・クランポン〉らしい音、という表現を聴きますが、どういう音なのでしょうか。
アリニョン 科学的根拠から説明すると、〈ビュッフェ・クランポン〉の音は倍音が多く含むため、音の振動の幅がとても広く、測定器で計測した際に大きな曲線が描かれます。それは、他では真似できないことです。〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネットは、音が多くの要素を含み豊かで、魅力的なのです。1950年代、〈ビュッフェ・クランポン〉は既にその音を生み出していました。バイオリンのストラディヴァリウスも同じことで、多くの倍音を含むため素晴らしい音色を出すのです。楽器にとって、色彩豊かな音はとても重要です。

  アリニョン先生にとって、クラリネットとは何ですか?
アリニョン 私の一部。私の延長。私の声のようなものです。
時々実際に声を出して歌うこともありますが、クラリネットを手に取って演奏した時に出るのが私の声です。

  今後のご予定を教えてください。
アリニョン 8日間の休暇を過ごした後、毎月通っているマドリッドの大学でレッスンをします。パリ高等音楽院を定年退職した時、レイナ・ソフィア高等音楽院からオファーを頂き、マドリッドで教え始めました。マドリッドは美しい街ですし、スペイン人は尊敬と誇りに満ちており、親切で、私は大好きです。それと、今までとは異なる演奏活動をしています。期限を決めない演奏活動です。極めてハイレベルなアマチュアの奏者達と、無名の譜面を見つけては研究し、練習して、曲が気に入ればコンサートを開催します。プロとしての活動ではなく、自分たちの楽しみで行なっている活動です。プロのコンサートのように緊張した雰囲気ではなく、リラックスして楽しんでいますよ。

注1:BCJ クラリネット・アカデミー2018では、アリニョン氏は東京で開催されるジャック・ランスロ国際クラリネット・コンクールの審査員長を務めるためアカデミーに参加せず、フローラン・エオー氏およびアレクサンドロ・シャボ氏が講師を務めた。

※ アリニョン氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
  レジェンド
  トラディション
  トスカ
※ BCJ クラリネット・アカデミーの最新情報は、公式facebookをご覧ください。

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