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マチュー・プティジャン氏 interview (vol.2)
モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の第一首席奏者として活躍し、2022年セイジ・オザワ松本フェスティバルのため来日したマチュー・プティジャン氏。その経歴(vol.1)や、サイトウ・キネン・オーケストラ、新たに研究開発のリーダーとして参加することになった〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエ部門について(vol.2)のお話を、2回の記事に分けてお届けします。(通訳:壇野直子)
Vol.1の記事はこちらからご覧ください。
今回の来日は、セイジ・オザワ松本フェスティヴァル参加のためでしたね。サイトウ・キネン・オーケストラには、どのような経緯で参加されたのでしょうか。
プティジャン(敬称略) 2016年、サイトウ・キネンでは小澤さん指揮のベートーヴェン交響曲第7番と、ファビオ・ルイージさん指揮のマーラー交響曲第2番という大きなプログラムが組まれており、オーケストラの事務局から出演依頼がきました。オーケストラとの相性が良かったため、その後も参加し続けています。
サイトウ・キネン・オーケストラの魅力はどのような点にありますか。
プティジャン サイトウ・キネン・オーケストラのようなオーケストラは世界中どこを探してもなく、小澤征爾さん無くしてはこのオーケストラを語ることは絶対にできません。彼のオーケストラに対する愛とエネルギーは、彼が指揮をしていないときでも、私たち全員に伝わっています。サイトウ・キネン・オーケストラが特別な所以はここにあります。
小澤さんとオーケストラの物語は今も続いています。彼は今年も私たちと一緒でしたし、観客のいないところでオーケストラを指揮しました。彼のエネルギーは平和、愛、友情、願望を生み出します。サイトウ・キネン・オーケストラにはネガティブな要素は一切ありません。通常、オーケストラは社会の縮図のようなもので、その小さな社会には、常に人間同士の対立があります。サイトウ・キネン・オーケストラにはこのようなことが存在せず、常に順調です。それは、全て小澤さんのお陰なのです。
奏者たちは国籍も違い、言葉を直接交わすことがなくてもうまくいっています。客演指揮者もいますので、いつも楽員の好みに合った指揮者が振るとは限りませんが、問題ありません。普通のオーケストラでしたら、「この指揮者は嫌だ」となります。指揮者が「もう少し速く」と言っても、楽員が速くしたくないとき、「やらない」、「それは好きではない」と言うこともできます。しかしサイトウ・キネン・オーケストラでは、「速くはしたくない」は、「もっと楽しげにしよう」や「もっと気持ちを高ぶらせた感じにしよう」という言葉に変換されます。その結果、誰も「ノー」とは言いません。このオーケストラはそのようなオーケストラで、私たちがやりたくないと思う提案はありません。
サイトウ・キネン・オーケストラの木管メンバーと共に。写真中央がマチュー・プティジャン氏
過去のセイジ・オザワ松本フェスティヴァルでは、リング・トリオというグループで、フィリップ・トーンドル氏、(フィラデルフィア管弦楽団 首席オーボエ奏者)マックス・ヴェルナ氏(ベルリン・ドイツ交響楽団 イングリッシュホルン ソロ奏者)と演奏されましたね。どのようなきっかけで結成したトリオなのでしょうか。
プティジャン パリ国立高等音楽院のオーボエの生徒同士で、音楽的な価値観と楽器に対する考え方が一致したことが始まりです。私たち3人は趣味がぴったり合い、深い友情を築きました。
そしてある時、フィリップが、ボン・ベートーヴェン音楽祭で見事な演奏をした奏者に贈られるベートーヴェン・リングを授与されました。彼の演奏を讃える素晴らしい指輪です。彼は受賞記念にコンサートで演奏をすることになりました。ベートーヴェンのオーボエ作品は数がものすごく少ないのですが(笑)、彼は作品リストを見ながら「ベートーヴェンは、2つのオーボエとコールアングレ(イングリッシュホルン)のための美しいトリオを2曲書いているから、このトリオを一緒にやろう」と私とマックスに提案しました。フィリップの受賞の際に結成されたので、私たちはリング・トリオと名付けました。
リング・トリオは日本でも公演がありましたね。
プティジャン 3年前、セイジ・オザワ松本フェスティバルの際にザ・ハーモニーホールで演奏しました。2本のオーボエとコールアングレという編成はあまり知られていないため、どれだけうまくプログラムを組むかが私たちにとって挑戦でした。ベートーヴェンの素晴らしい2曲は絶対に入れるつもりでした。小澤さんはベートーヴェンがお好きなので、良い機会でした。また、今までのフェスティバルでディズニー音楽なども演奏されていたことを知っていましたので、楽しくて軽めな編曲ものもプログラムに加えました。そして、コンサートは大盛会でした。ホール中の観衆が楽しみ、拍手喝采し、手拍子をしていました。また3人のスケジュールが合えばすぐにでも、日本でリング・トリオの演奏会をしたいと思っています。
リング・トリオ。写真左から、マチュー・プティジャン氏、フィリップ・トーンドル氏、マックス・ヴェルナ氏
〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエと、研究開発
〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエ開発に参加されていますが、〈ビュッフェ・クランポン〉はいつから使用されていましたか。
プティジャン 現代において長い間、フランスのオーボエは〈ビュッフェ・クランポン〉と〈リグータ〉が主流でした。ですから、私はオーボエを始めたときから〈ビュッフェ・クランポン〉を使っていました。パリ音楽院に入学したときもです。その後、ドイツで演奏するようになってから、その頃ドイツで主流になっていたメーカーのオーボエを使用するようになりました。先ほどお話したように、私はフランス人ですが、ドイツでの演奏の仕方を習得したいと強く思っていました。その上で自分の好きなもの、好きでないものを決めるのです。ですから、ドイツで使用されているオーボエを使わずに演奏を続けることは、その時期の私には不可能に思えました。
しかし、2020年に “レジェンド”という新製品開発プロジェクトへの参加と、〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエの新しい物語を一緒に創ろうと提案されたとき、すぐに心がときめきました。〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエは私の青春であり、家族だからです。それに、私が楽器を吹く上で重要視している音の発生の構造に直結する、楽器の開発に携わることを提案されたのです。断ることなど思いつきもしませんでした。
フランス語に「放蕩息子」という表現があります。それは、ある息子が世界中を旅して、その後に帰郷するという話です。そこで彼は自分の経験してきたことを皆に教えるのです。私は自分も同じような感じがします。いろいろな知識、感覚、出会いなどから見聞を広め、ついに家に帰り着き「皆さん、私が経験し見つけたことに興味がありますか」と提案するのです。
〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエの良さは、どのような点にあるとお考えですか。
プティジャン 〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエ開発プロジェクトの核となっているのは、奏者に決定する余地を残すことです。つまり、〈ビュッフェ・クランポン〉の技術上の特性が、奏者に自分だけの特別な音を出すことを可能とするのです。〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエは、まるで可能な限り透き通っているフィルターのようなもので、奏者が替え指や、リードやチューブで調整しないで済むように、音程や音の均一性を良いところが特長です。そのためオーボエを演奏するとき、楽器のことをほとんど考えず、自分が出したい音を創ることに集中することができます。
音色に特長のあるメーカーもありますが、私はこのように考えています。「私たちは個性的で自分にしかできない何かを表現する音楽家。私は赤色の音がほしい?ノー。私は自分だけの音が出したい」。私は皆と一緒に〈ビュッフェ・クランポン〉の音を開発したいのではなく、それぞれの奏者が自分だけの音を出せるような楽器を開発したいのです。
楽器の音について、どのようにお考えですか。
プティジャン 楽器開発に取り組む私にとって、楽器の音とは、最良の答えを見つけなければならない最大の課題です。
ある時、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席フルート奏者のセバスチャン・ジャコーさんが、「オーボエ吹きは大変だね。だって奏者に対してNO! とばかり言う楽器に、こうして欲しいと一生頼み続けるのだから」と私に言いました。全くその通りです。
しかし、良いオーボエは問題点を隠すことができるオーボエではなく、また、音を良くしてくれるオーボエでもありません。良いオーボエは、奏者に対して「YES!」と言ってくれて、奏者本人が望む音を出してくれるオーボエです。〈ビュッフェ・クランポン〉は、そのようなオーボエの開発にできる限りの努力をしています。
写真右がマチュー・プティジャン ©Edouard Brane
開発に参加された〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエ “レジェンド”について教えてください。
プティジャン “レジェンド”は、〈ビュッフェ・クランポン〉のDNAをしっかりと受け継いでいます。〈ビュッフェ・クランポン〉の内径、音響、音の均一性、音程の知識を全てです。すなわち、〈ビュッフェ・クランポン〉の原点回帰です。そして、今日の趣味に合うように、さらに改良されています。
アルブレヒト・マイヤー氏がオーケストラで演奏していると、姿を見なくてもすぐに分かります。それくらい特別で独特な音です。それは、当時吹いていた〈ビュッフェ・クランポン〉の “プレスティージュ”のお陰でもあります。私にとって “レジェンド”はその時代から〈ビュッフェ・クランポン〉の根底にあったもの、すなわちDNAを感じさせます。
また、 “レジェンド”は、最近のリードや、欧州で〈ビュッフェ・クランポン〉が「レジェンド世代」と呼んでいる人たちの好みに合わせています。「レジェンド世代」とは、若い人から年配の人まで全て含んだ現代のオーボエ奏者たちのことです。今の奏者たちは90年代とは違うリードを使っています。私自身もベッカー先生が使っていたようなリードで演奏していません。彼に師事していたほかの生徒の多くも替えています。時と共に好みは変わっていくからです。 “レジェンド”もこの流れに乗るように進化した楽器なのです。
最近〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエ開発チームが新しくなりました。新しい開発チームについて教えてください。
プティジャン 〈ビュッフェ・クランポン〉は特にクラリネット製造において歴史あるブランドです。長い間、〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエは、クラリネット製造業者が製造したオーボエだと思われてきました。しかし、オーボエ製作チーム、そして、〈ビュッフェ・クランポン〉の新しい飛躍に努力と情熱を捧げているジェローム・ペロー氏(ビュッフェ・クランポン グループCEO)とフランソワ・クロック氏(ビュッフェ・クランポン USAの代表取締役社長兼CEO)によって、〈ビュッフェ・クランポン〉はオーボエだけに特化した部門を立ち上げ、オーボエ製造業者として成長し始めています。
オーボエが独立した部門になったことにより、たとえば、最近開かれた会議では、技術者のトップだけが出席するのではなく、製造の全行程に関わる全ての技術者が出席しました。そのことによって技術者と、開発に携わる奏者の心の中に意識の変化が起こり、勢いがついてきました。影響は木材を切る工程まで波及しています。
〈ビュッフェ・クランポン〉オーボエ製造チーム ©Edouard Brane
ここで重要なポイントは、ひとつは、この確固たる拠点ができたこと、もうひとつは、新しい章の扉を開けるための人選です。今までの流れは引き継いでいますが、今夏、はっきりとした新しいスタートを切りました。チームの顔ぶれは新しく、私とフィリップ(トーンドル)は以前から参加していましたが、役割が変わり、研究開発のリーダーとなりオーボエ部門を牽引しています。
そして、新しいオーボエ部門でとりわけ大きな存在となっているのは、レミ・カロンです。彼は、日本ではフルートの〈パルメノン〉の技術者として知られていますが、ル・マンにある楽器製造を学ぶ大学(Institut technologique européen des métiers de la musique=欧州音楽専門職技術研究所)で講師を務めています。まだ若いのですが、早いうちから教鞭をとり、すでに多くのフランスの技術者を育てています。彼には鋭い分析力、リーダーシップ、知性があり、技術者より更に難しい、技術者の育成者となっているのです。工場で歩いていると、クラリネットのキーを製作する技術者や木を削る技術者など、全ての技術者が尊敬に満ちた眼差しで、レミに挨拶します。彼らを教えたのはレミだからです。
レミという素晴らしい人物を見つけ、このオーボエ部門のチームに参加することを説得してくださったジェローム・ペロー氏と、フランソワ・クロック氏に心から感謝をしております。彼ほどこの仕事に対してやる気と熱意がある人はいないと思います。
写真左から、レミ・カロン、フランソワ・クロック、フィリップ・トーンドル、マチュー・プティジャン、ジェローム・ペロー ©Edouard Brane
今後の目標を教えてください。
プティジャン オーボエのリーディングブランドとなることです。売り上げやマーケティングにおいてではなく、芸術的、音楽的なリーダーです。それが私たちの大きな願望です。私は “レジェンド”が奏者の強いエネルギーを伝えることができる楽器だと確信しています。
私とオーボエ開発の物語の始まりは “レジェンド”でしたので、 “レジェンド”を前提にお話しますね。学生にとっては音楽の勉強とオーボエの習得、プロの奏者にとっては演奏活動において、この楽器は最高のパートナーになってくれると心から信じています。ですから、これから先、〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエへの信用、信頼、インスピレーションが増していくことを望んでいます。
フランスやアメリカでは、既に変化が始まっています。最近フランスでは、新しいオーボエを購入する際、パリに来て真っ先に、〈ビュッフェ・クランポン〉のショールームを訪れる奏者が増えてきました。
最後に、日本のオーボエ奏者のかたがたにメッセージはありますか。
プティジャン 〈ビュッフェ・クランポン〉のアーティストは一人一人が、それぞれ素晴らしいアーティストです。ぜひ、〈ビュッフェ・クランポン〉のプレーヤーに加わってください。
ありがとうございました。
Vol.1の記事はこちらからご覧ください。
※ マチュー・プティジャン氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
〈ビュッフェ・クランポン〉オーボエ “レジェンド”