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Seiki Shinohe Interview 2018

カール・ライスターに才能を見出され、ベルリンに留学した後、ベルリン交響楽団、読売日本交響楽団など、国内外の一流オーケストラで長年クラリネット首席奏者として活躍された四戸世紀氏。20世紀の巨匠たちの演奏や、ジャック・ランスロ国際クラリネット・コンクール(2018’)で審査員を務められた感想、使用されているクラリネットについて、インタビューを行いました。
取材:ビュッフェ・クランポン・ジャパン(2018年9月12日・東京にて)

ランスロと20世紀の巨匠たちの演奏に触れて

  四戸先生はジャック・ランスロ国際クラリネット・コンクール(2018’)で審査員を務められましたが、ジャック・ランスロ氏とは交流がありましたか。
四戸(敬称略) 私がクラリネットを始めたのは中学生の時でしたが、毎週N響アワーを食い入るように見ていました。特に、ルーアンでランスロ氏に師事された浜中先生が、クラリネットのイメージがガラッと変わるような素晴らしい演奏をされており、その安定感と音色感に憧れました。浜中先生の帰国後は、ランスロ氏も来日するようになり、コンサートは全て聴きに行きました。浜中先生にも通じるものがあるのですが、やはりランスロ氏には音色感があり、聴けば彼の演奏だと判るほど、音色に対する思い入れを感じさせる素晴らしい演奏をされていました。ランスロ氏のレコードも自宅にあり、高校時代によく聴いていました。
 また、学生時代にはランスロ氏の講習会を受講しました。ドイツの私の師匠、ライスター先生に出会う前に、既にランスロ氏に出会っています。そのため私のアンブシュアはフランス派です。ランスロ氏から、口が大事だと言われたことが、とても印象に残っています。

  四戸先生は、ベルリンに滞在されていましたが、フランス派からも学ばれていたのですね。
四戸 ドイツからは多くのものを学びました。カラヤン氏、ベルリン・フィル、ライスター先生は私の音楽の故郷です。それと同時に、国籍に関係なく、直感的に良いと思うものは受け入れています。例えば、オーケストラはウィーンフィルハーモニー管弦楽団が大好きで、オーケストラの中でのウィーンのサウンドにすごく憧れていました。私は極端なので、高校時代に聞いていたのはレオポルド・ウラッハ氏のモーツァルトとランスロ氏の2人でした。あとはジェルヴァーズ・ド・ペイエ氏という今80代のイギリス人も、よく聴いていましたね。

  ライスター氏のもとにベルリン留学されたきっかけを教えてください。
四戸 実は、ライスター先生が公開レッスンですごく僕を気に入ってくれて、「奨学金を出すから来なさい。」と言ってくれたのです。「シンデレラボーイじゃないか!」と驚き、頬っぺたを何度もつねりましたよ!実際に暮らしてみると、ベルリンはとても国際的な都市で、ベルリンで世界中の一流オーケストラを聴く機会に恵まれました。例えば、若き日のアリニョン先生が、ブーレーズ氏率いるアンサンブル・アンテルコンタンポランのメンバーとして、現代音楽を演奏するために毎年ベルリンに来ていました。そのため、アリニョン先生の演奏には、ベルリンに行ってからすぐに触れる機会がありました。22、23歳の時でしたが、生の音を聴いて「これはすごい!」と驚きました。実は、私はドイツのピアニッシモにすごく憧れていたのですが、アリニョン先生は既にそれを超えるピアニッシモを出していました。ほかにも、イギリスのジャック・ブライマー氏、ボストンのハロルド・ライト氏、フィラデルフィアのアンソニー・ジリオッティ氏など、欧米の一流オーケストラのクラリネット奏者達の演奏を聴く機会に恵まれ、様々な要素をしっかり見つめてベルリンで勉強することができました。本当に幸せな機会でした。

  昔は国ごとにクラリネットの奏法が違っていたと聞きますが、いかがでしたか。
四戸 勿論違っていましたよ。イギリスのブライマー氏はすごいビブラートたっぷりで、ドイツ人に言わせれば、「あれはサクソフォーンだ!」と言われたりしていましたが、音楽は素晴らしかったです。様々な派は確かに存在しており、それが何に表れるかというと、やはりまずは音に表れていました。ウィーンの音、ライスターに代表されるベルリンの音、しかしライスターも、「昔のドイツは重くガッチリしていたけれども、新しい音は違うんだ!」と話しており、古いドイツの音ではありませんでした。カラヤンの影響も大きかったと思われます。

  フレージングやイントネーションも異なっていましたか。
四戸 昔の演奏については、音のまとまりかたが、まず初めに気付く特徴でした。ベルリンのドイツ管は、発音、音の立ち上がりがとてもはっきりしやすいのが特徴だったかと思います。そして、決して暗い音ではありませんでした。
 勿論、ドイツは管が違います。ドイツ・システムで空気の逃げ道も違うから自然と音は変わりますし、ドイツにしか出せない音はあると思いますが、今日では、今は国同士の音がすごく歩み寄っていますから、一概には分からなくなりましたね。

ジャック・ランスロ国際クラリネット・コンクール(2018’)について

  先生はジャック・ランスロ国際クラリネット・コンクール(2018’)で審査員を務められました。日仏のランスロに師事した演奏家の方達が中心に立ち上げられましたコンクールですが、コンクールはフランス的でしたか、それとも国際的だと思われましたか。
四戸 国際的ですね。課題曲も幅広いですし、審査員も国際色豊かです。先生方の好みはあっても、やはり参加者の演奏と表現力、つまり、クラリネットが勿論基礎から吹けていて、かつ、しっかりと音楽できている人が選ばれていたと思います。審査員の先生方も素晴らしく、そういう意味では同じような方向性で審査を進めることができたと思います。

  一位を受賞したアレッサンドロ・ベヴェラリさんの演奏はいかがでしたか。
四戸 彼のやりたい音楽を、クラリネットを通じて本当に思い切って演奏しました。「え?この先どうなるの?」という展開も綺麗にまとめ上げるなど、すごくチャレンジ精神に旺盛な人だと思いました。音楽の表現に関して、彼は相当深くチャレンジし、幅広い表現をしていたと思います。

  全体的なコンクールの印象について教えてください。
四戸 審査員の先生方が、演奏の実力は勿論のこと、人間的に素晴らしくて、本当に落ち着いた良い気分で期間中を過ごせました。課題曲が難しい録音の予備審査を通った参加者達だったので、おかしな演奏をする人もいませんでした。

  日本人がファイナルに進出できませんでしたが、何が理由でしょうか。
四戸 課題曲が素晴らしかったからだと考えています。まずは1次予選のウェーバーとドヴィエンヌ。日本人参加者は、ウェーバーはそこそこの表現や音で、きちんと吹けていた人が沢山いました。しかし、ドヴィエンヌに関しては、すごいテンポでもきっちり吹けて、テクニックが素晴らしい人は数名おりましたが、それを音楽として表現しようとした時に、音楽の持っている品格、情景のようなものを表現しきれていない人が多かったのかな、と思います。ですから、一次で落選した人はドヴィエンヌが原因だった方が多かったのではないでしょうか。
 しかし、それこそランスロ氏が得意とした分野でした。ベルリンのラジオ放送で、ランスロ氏によるドヴィエンヌや同時代の作品の演奏を聴いたことがありますが、本当に素晴らしかったです。練習する時に、このようなお手本になる演奏を聴くのも勿論大切で、ドヴィエンヌの場合はそこがポイントだったと思います。例えば私は、ドヴィエンヌの曲に対して、ヨーロッパの中世のお城の雰囲気にあるような格調を思い描いていて、演奏にそのイメージを求めていた部分がありました。それに合致する人は本当に少なかったです。皆さん慌てて吹かなくても良いのですよ。間を十分作って、ちょっとした長い音符などもしっかりと歌いこんで、演奏できたはずです。しかし、「早いテンポでバーっと吹いてしまえば良い」というような演奏が多かった。

  早いテンポで派手な演奏を好む参加者も多かったのでしょうか。
四戸 本当にショー的な要素に走っていた人はいました。しかし、そのショー的な要素については、審査員全員が「誤りだ」と感じていたのではないかと思います。本当にショー的観点から見れば、「おー!すごい!」と思われるかも知れませんけれども(笑)。日本の参加者にもそういう方は何人かいらっしゃったので、講評の時に伝えました。

  現代音楽で練習するときのコツはありますか。
四戸 フレーズをしっかり掴むことです。曲の構造を理解し、それぞれの音符の役割が必ずあるので、大事な音をしっかり捉えて表現しましょう。本選の曲に北爪さんの「かたりべ」がありましたが、フレーズをしっかり捉えている人と、そうでない人にはっきりと分かれました。2次予選のドナトーニにしても、強力に難しい曲ですが、部分部分のキャラクターがはっきりしているから、それを捉えて吹くことが大切です。

  二次予選では、シューマンの幻想小曲集があり、準本選でブラームスのソナタがありました。ドイツ・ロマン派の演奏に必要な音色はあるのでしょうか。
四戸 ドイツ・ロマン派の音作りの土台は、例えば、夜の海に月明かりがあって、遠くできらきら輝いていて、というピアニッシモです。幻想小曲集の1楽章の真ん中に、夢の世界に入るピアノのフレーズがありますが、そういうところが表現できるかが大切です。自分の中でイメージをしっかり捉えれば、それに必要な支えや呼吸になっていくと思います。ブラームスもシューマンも、まずは音色の観点からピアニッシモを美しく表現できるよう練習し、音楽の波をしっかり捉えてフレージングで波の流れを作ることが大切です。

  先生がロマン派を演奏される際に特に注意されていることを教えてください。
四戸 表面的な音を出すのではなく、身体全体を使ってしっかりとした息を出して、リードを振動させることが大切です。そうすると、一音一音丁寧な音作りになります。僕は、ブラームス、シューマンのロマン派の曲の審査で、「あ、この発音はだめ」、「こんなペーっとした音じゃだめ」というような事ばかり書いていました。フレーズに合った発音の練習は一番の出発点で、大切だと考えています。

  ロマン派の演奏で参考になるような優れた演奏家はいますか。
四戸 ブラームスの5重奏に関しては、レオポルド・ウラッハ氏の演奏が素晴らしい。あれだけすごい音で吹く人はいないのではないか、と思います。CDで聴くことができますよ。今聴けば、「なんてひどい音」と思う人もいると思います。しかし彼の吹くモーツアルトに関しても共通して言えることですが、音のつながりが素晴らしいのです。こういう人とランスロの演奏を二本立てで勉強すると良いと思います。 

  本選はモーツアルトの協奏曲でした。協奏曲でオーケストラと共演するために大切にしていることはありますか。
四戸 オーケストラとの共演の場合は、ついオーケストラの音に負けないように力みがちですが、クラリネットは音が通る楽器なので、絶対に力み過ぎないで演奏したほうがいいと思います。例えば、ヴァイオリンのアンネ・ゾフィー・ムターが十代でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とモーツァルトの協奏曲でデビューした時、カラヤンがオーケストラの演奏をものすごく抑えさせて、彼女が絶対に力まないようにしていました。モーツアルトは特に室内楽的な曲ですから、力みそうになってしまう場合は、指揮者にどんどん話せばいいのです。また、終楽章までへたらないリードを、しっかり把握することも大切ですね。

  今後コンクールに挑戦される方に対して、アドバイスはありますか。
四戸 まずは勿論、クラリネットを吹く基礎的な要素の練習は怠りなくすること。そして、譜面の内容をしっかり読んで、一体何を表現しているのか自問自答し、きちんと言葉で言い表せるぐらい考えること。吹いては譜面を眺めて考え、吹いてはまた少し考えて、という考える時間を持ちながら練習すると良いと思います。我々は大抵、クラリネットを手に取ったら、音を出すだけで練習を終わってしまいがちです。そこを踏みとどまって、「ここはこういう音だな」と考えたりとか、「ここはこういうイメージだな」と思ったら、今度はそのイメージで練習してみる。そうすれば、フレーズの特徴しっかり表現し、フレーズに合った音色をしっかり作り、演奏することができるようになります。このような大コンクールを一回で通る参加者は少ないと思います。丁寧な練習と経験の積み重ねが必要です。

クラリネットについて

  ビュッフェ・クランポンのクラリネットは、いつから使われていましたか?
四戸 1995年です。以前は縁があってドイツのベーム式を使っていましたが、ドイツから帰国した時に新しいクラリネットを探していて、様々なメーカーを試しました。その結果、自分には一番〈ビュッフェ・クランポン〉が吹きやすかったため、まずは”RC”を使用し、その後、大ホールで音が通る、華やかな音色の”プレスティージュ”を使用しました。その後、”トスカ”が登場した時には、ダークな音が気に入って、”トスカ”で名曲全てを収録することができました。近年では”トラディション”が開発されましたが、トスカを使っていた僕には音がタイトすぎて合わず、その後に発表された”レジェンド”を試したら、今度はピッタリシックリきて「これは僕には向いているな」と思いました。

  ”レジェンド”を使用された感想はいかがですか。
四戸 実はまだ、先日の審査員コンサートで演奏したのが二回目なのですが、皆さん良いと言ってくださって、その前には草津音楽祭でモーツアルトとベートーベンを演奏して好評だったので「これはいけるな。」と思いました。音程もすごく良いのでストレスがありませんし、音にキラキラとした輝きと芯があるところが、とても気に入っています。当分レジェンドをメインで演奏すると思います。
先日ドイツの審査員ヨハン・グマインダー氏と一緒に演奏した時に、彼はドイツ管を使っていましたが、ユニゾンのところで、まるで一人で吹いているような音が出ました。驚きましたね。ドイツ管も最近は様々な研究を重ねた結果、フランスと理想の音が近寄ってきているのではないか、と思いました。私も彼も、ベルリンのカラヤン・アカデミー出身だったので、音色のイメージが同じだったのかもしれませんが、二人で喜びました!

  これからクラリネットを購入する方に、選び方のアドバイスを教えてください。
四戸 クラリネットの経験があまりなければ、経験がある人と一緒にお店に行って選んでもらいましょう。日頃吹いている自分に合ったマウスピース、リードのセットで吹くということも大切です。
 そして、まず低音がしっかり豊かになるかどうかを確認しましょう。いいフォルテの息を吹いて、応えてくれるか。そこで詰まったら、その楽器はだめです。次に、解放のGを吹いて鳴りがちゃんとしているか、下から全部の半音階をふいて、上まで均一に音がでるかどうかを確認してください。時々音が1つだけ「ビュッ!」とでたり、音程がおかしいこともある。それから今練習している曲を吹いてみると良いと思います。

  最後に、四戸先生にとって、クラリネットとは何ですか。
四戸 神様からのプレゼントです。

※ 四戸氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
  レジェンド

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