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P. トーンドル氏 Interview

2020年に名門 フィラデルフィア管弦楽団の4代目の首席に就任し、ヨーロッパ室内管弦楽団、サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団など、世界中で活躍するオーボエ奏者、フィリップ・トーンドル氏(以下敬称略)。そのご経歴、現在の活動についてインタビューしました。(通訳:壇野直子)

 

アメリカで独自の発展を遂げるエコール・フランセーズ

 
  フィラデルフィア管弦楽団に入団されて3年が経ちました。オーケストラでの活動はいかがですか?
 
トーンドル 毎日が特別な日です。私の知る限り、フィラデルフィア管弦楽団はベルリンフィルハーモニーと並ぶ世界最高のオーケストラです。全楽員が最高の演奏を目指して100%の情熱を注いでおり、アンサンブルは常に完璧にそろい、どのようなスタイルの音楽でも演奏することができます。すべての文化の融合を象徴し、ハイレベルな演奏を毎回安定して聞かせられるこのオーケストラは、本当に桁違いです。フィラデルフィア管弦楽団を選んで良かったと思っています。
 
  フィラデルフィア管弦楽団の初代オーボエ首席奏者、マルセル・タビュトー氏は、楽団に40年近く在籍し、カーティス音楽院で若手奏者を育成してオーボエのアメリカ学派に大きな影響を与えました。また同時代の楽団には、他にもソプラノクラリネットのダニエル・ボナード氏(1917-1930)、バスクラリネットのリュシアン・カイエ氏などのフランス人奏者が在籍し、タビュトーと同じく教育分野においても大きく貢献しました。エコール・フランセーズの伝統は、今でも残っていますか?
 
トーンドル もちろんあります。私たちが聴いている現在のアメリカ楽派とエコール・フランセーズには共通点が多くあり、多くの要素が類似しています。
 エコール・フランセーズの特徴は、柔軟性や一種の流暢さ、高い水準のテクニックです。私たちは主に、たやすく演奏すること、自然に表現すること、力ずくで鳴らそうとしないことなどに重点を置き、優雅でシンプルな演奏を心掛けています。
 その流れをくんでいるマルセル・タビュトー氏が、アメリカのカーティス音楽院で教えていました。現在のアメリカの主要オーケストラで首席を務めているオーボエ奏者の多くは彼の影響を受けており、エコール・フランセーズの特徴でもある、正確でエレガントで高いテクニックを身につけています。ここにエコール・フランセーズの影響が表れていると思います。
 
 また、音色に関してですが、タビュトー氏はエコール・フランセーズの流れをくむ彼独自の音色を持っていました。しかし、タビュトー氏に習ったアメリカ楽派の奏者たちの音色は多様化しており、アメリカ楽派はこういう音色、と一言で表すことは難しいと思います。さまざまな音色、音の表情、美的感覚、アーティキュレーションの仕方などは、まるで系統樹のようにタビュトー氏を基に広がっています。タビュトー氏から枝分かれをして多様化しているのです。このようにアメリカ楽派の進化に貢献した彼の業績は素晴らしいと思います。
 
フィラデルフィア管弦楽団でのフィリップ・トーンドル氏
 
  アメリカのオーケストラの仕事量が多いのですね。
 
トーンドル 私自身もフィラデルフィア管弦楽団では、演奏以外の楽団の活動にもどんどん関わるようになっています。いろいろなことを学べて面白いですよ。そこにも多くの労力と時間を費やしています。
 
  どのような活動ですか。
 
トーンドル 私はフィラデルフィア管弦楽団の芸術委員会とメディア委員会に所属しています。芸術委員会の方では、客演アーティストや客演指揮者への対応、楽員仲間に起こる問題の対処、プラニングなどを担当しています。かなりの時間を要する仕事ばかりです。また、現在楽団のソーシャルメディアのページは私が担当しています。アメリカのオーケストラには楽団員がこのような活動をする委員会があります。
 
  タビュト氏と同じようにカーティス音楽院で指導されるようになったと聞きましたが、いつからですか?
 
トーンドル 2022年9月からカーティス音楽院で教え始めました。アメリカで教えることは私にとって初めてのことなので、レッスンの進め方を考えたり、新しい環境に適応するためにはかなりの時間を要しています。ですから、最近はカーティス音楽院で教えることに力を注いでいます。ザール音楽大学を辞したので、教師としてはカーティス音楽院に専念しています。今は新学期が始まるのを楽しみにしています。
 
カーティス音楽院で指導するフィリップ・トーンドル氏(写真中央)
 

フランスの指導者たち

 
  アメリカでの活動が中心になってきたのですね。もともとトーンドルさんはフランスのどちらのご出身ですか?
 
トーンドル アルザス地方、ミュルーズで生まれ。この街で15歳まで過ごしました。美しい街ですよ。ここで私はオーボエを始めました。音楽好きな家族ですが、父は歯科医師、母は英語教師でした。妹は絵を描いているので、一番芸術肌ですね。家族の中でプロの音楽家は私一人だけです。
 
  いつ、どのようなきっかけでオーボエを始められたのですか。
 
トーンドル ミュルーズ音楽院で5歳の時にオーボエを始めました。フランスは子どものための音楽教育がしっかりと組織化されています。ほとんどの子どもが音楽院の「音楽の芽生え」コースから始めます。すぐに楽器を習うのではなく、歌を歌ったり、音符やリズムの読み方を覚えながら、音楽に親しんでいき、コースの最後の時期に楽器を選びます。私は最初フルートをやりたかったので、フルートを始めました。しかし、結局はオーボエの方が上手く吹けたので、オーボエに変え、イヴ・コトレス先生に10年間師事しました。
 
 コトレス先生はすべてを網羅した教え方ができ、どのような生徒とも相性の良い先生です。幼い子どもに教えるのも得意で、どんどん上達させることができます。また、彼はとても音楽性が豊かで、教師として必要なすべてを備えていました。実際、テオフィル・アルツ氏、ミュルーズ交響楽団のローランス・レティ氏など、私を含むたくさんのプロ奏者を育てています。先生は現在、クレルモン=フェラン地方音楽院で教えています。
 
  いつプロの演奏家になろうと決心されたのですか。
 
トーンドル キーポイントはジャン=ルイ・カペザリ氏との出会いだと思います。13歳の頃でした。カペザリ氏は、私が初めて出会ったパリ国立高等音楽院の先生です。ミュルーズ音楽院で行ったマスタークラスで、私の音楽家としての潜在的な能力を見出してくれました。私はその頃からプロの音楽家を目指し、より真剣に毎日練習するようになりました。
 
フィリップ・トーンドル氏
 
  パリ国立高等音楽院では、どなたに師事されたのでしょう?
 
トーンドル 4年間ダヴィッド・ワルター先生に習いました。アシスタントはフレデリック・タルディ先生です。オーボエ科は2クラスあり、ジャック・ティス先生のクラスにはいつも聴講に行っていたので、ティス先生からも多くのことを学びました。オーボエ科の先生方はとても仲が良く、生徒にとってよい環境を作ってくれていました。この先生方が教えているパリ国立高等音楽院で学べる学生は幸運だと思います。彼らはそれぞれ素晴らしい才能があり、学生は偏ることなく勉強ができるからです。
 
  それぞれ、どのような先生でしたか?
 
トーンドル ワルター先生はクリエイティブで、非凡な才能がある音楽家です。本当に音楽が大好きで、新しいレパートリーを開拓したり、既存のレパートリーを見直したりしています。彼の教え方はとても音楽的で、まず初めに音楽を考え、それから楽器に関わる細かいテクニックを修正しようとします。オーボエよりもっと先にあるものをいつも見据えているところが、私が先生の中で一番好きなところですね。
 ワルター先生のレッスンでは自分からアイデアを提案できるようでなくてはなりません。彼は、生徒が音楽的な主張を持っていることを好み、それをうまく調整しながら上達させようとします。レッスンは毎回新しいことの連続でした。
 
 もう一つのクラスを担当するティス先生も素晴らしい音楽家です。彼も豊かな音楽性を持っていますが、ワルター先生とは逆に、レッスンでは初めに楽器に関わるテクニック的な問題に取り掛かり、思い通りの表現ができるようにします。
 2010年ジュネーヴ国際音楽コンクールの前に課題曲を一度レッスンしてもらったときのことです。彼は「唯一の問題はストレスを感じていることだから、もっとリラックスして」とおっしゃいました。そして、楽器を吹くときの姿勢、立ち位置など、コンクールの舞台で力を発揮できるようフィジカルな面からのアドバイスをしてくださいました。それが功を奏し、入賞することができました。的確なアドバイスを最高のタイミングでしてくださいました。
 
 タルディ先生も素晴らしいオーボエ奏者です。基礎やテクニック習得に関してとても詳しい一方、生徒が自信を持てるよう導いてくれる先生です。
タルディ先生には、シュトゥットガルト放送交響楽団(統合されて現在はシュトゥットガルトSWR交響楽団)で初めてオーケストラの入団試験に挑戦した時、試験前の最後のレッスンで課題曲をみてもらいました。彼は率直に「どう考えても君はまだ18歳で若過ぎる。絶対に受かることはないだろう。コンプレックスなんて考えないで行っておいで」と言って送り出してくれました。これは最高のアドバイスで、確かに何も失うものなどないですから、試験会場に行くときもストレスを感じませんでした。そして、入団試験の結果は合格でした。彼が正しかったわけです(笑)。一番の励ましの言葉でした。彼はとてもよいコーチです。試験やコンクール前の生徒のやる気を後押しする方法を知っています。
 

様々な国のオーケストラを経て

 
  シュトゥットガルト放送響に入団されてからは、いかがでしたか。
 
トーンドル まさか合格するとは思っていませんでした。それに、正直なところ、学生の間は学業に集中したいものです。私の場合、パリ音楽院1年目が、高校最終学年でしたので、高校とパリ音楽院の両方に通いました。高校を卒業し、2年目はパリ音楽院のみで学び、そうしているうちにオーケストラ入団が決まりました。プロとしての仕事が始まり、普通の学生としての時間はなくなり、とにかく忙しくなりました。
 
 「若いほど習得がよい」とよく言われますが、この年齢でオーケストラがどのように機能しているのかを理解できたことは、私にとって大きな財産です。とくに、ほかの楽員との信頼関係、そして、チームワークとは何かを学びました。チームワークはオーケストラで演奏する上で一番大切なことだと思います。自分の個性をオーケストラ全体のために発揮する術をシュトゥットガルト放送交響楽団で身につけました。
 
 また、オーケストラで演奏していると、レパートリーが増え、経験も豊富になり、ほかの楽器にも詳しくなるので、室内楽を演奏するとき、レッスンをする上でも役に立っています。
ほかにも、ストレスを比較的容易にコントロールできるようになります。
 
 しかし、よいことばかりではなく、困難もありました。18歳はまだ若い年齢です。オーケストラでは経験豊かで、精神的にも成熟した楽員たちと一緒に演奏するので、彼らから学ぶためにしっかりと聴ける耳を持てるようにならなければなりませんでした。
そして、首席オーボエ奏者として、自由自在に色を変えられるカメレオンのような能力、つまり、さまざまな音楽的状況に適応する能力を身につけなくてはなりません。具体的には、各奏者のエネルギーがどこに向かっているか感じ取り、その中に溶け込みながら、最高の演奏にみんなを引っ張っていくことです。これが首席オーボエ奏者の一番大切な仕事だと私は思います。このことを若くして知られたことは幸運なことです。
 
世界中で活躍するフィリップ・トーンドル氏に体力維持の秘訣を伺ったところ、スポーツをしているとの回答があった。テニスをはじめ、水泳やボクシングなど様々なスポーツに取り組まれている。
 
  エコール・フランセーズを象徴するパリ国立高等音楽院から、ドイツのオーケストラに直接入団されて戸惑うようなことはありませんでしたか。
 
トーンドル 確かに違いはあります。しかし、シュトゥットガルト放送交響楽団は風通しが良く、新しい楽員を喜んで迎え入れてくれる雰囲気がありました。そのことにとても助けられました。
 
 ドイツには数多くのオーケストラがあり、歴史や文化が根付いています。オーケストラや室内楽で合奏をする中で培われた互いに溶け合ったサウンドは、とてもドイツ的なものです。それは私にとっては未知の経験でした。
 フランスでももちろん学生時代にオーケストラの勉強もしました。しかし、パリ音楽院の教育は、オーケストラよりもソリストとしてのレパートリーが中心で、個人的技術の向上に重点が置かれています。要するにアプローチが少し違います。
 パリでは個人で音色の探求をしますが、ドイツでは各奏者の音色を溶け合わせて新しい音色を作り出し、一緒にさまざまな表情の音色を見つけようとします。
 
 しかし、共通点も沢山あります。楽器を自在に操れるようになることが目的なのは両国共通ですし、自分が持っているパレットの全ての色を使って表現できるようになることなどは、フランスでもドイツでも学ぶことだと思います。
 
  シュトゥットガルト放送交響楽団に入団された後は、様々なオーケストラで演奏されるようになりましたね。
 
トーンドル シュトゥットガルト放送交響楽団の仕事では時間的に余裕があったので、ブダペスト祝祭管弦楽団でも演奏していました。ほかにも水戸室内管弦楽団、2010年からサイトウ・キネン・オーケストラのために毎年日本に来ています。
 
 この時期の活動はとても刺激的で楽しいものでした。1週間ドイツ的なサウンドやアーティキュレーションの中に溶け込み、次の週はブダペストでもっと誇張した表現をし、今度は日本で高いテクニックを要求されながらもエレガントに演奏していました。
 
 こうして全く異なる文化を持つ複数のオーケストラで演奏しているうちに、柔軟な考えを持てるようになりました。各オーケストラには、それぞれのスタイルや美的感覚があり、そこから数えきれないほどのことを学びました。素晴らしい経験でした。
 
  水戸室内管弦楽団やサイトウ・キネン・オーケストラはかなり国際的な楽団ですが、日本のオーケストラはいかがでしたか?
 
トーンドル 水戸室内管弦楽団やサイトウ・キネン・オーケストラは年間を通して常に活動しているわけではないので、集まったときは強烈なエネルギーが起こります。これが強みだと思います。毎回、それぞれの奏者が自分の持てる最高のものを出そうとし、まるでお祭り騒ぎのようにエネルギッシュなコンサートになります。若い頃、ユースオーケストラで吹いていたときのエネルギーを思い出します。そして、このエネルギーは紛れもなくマエストロ小澤がいるからこそ起こるのです。彼のオーケストラなので、私たちは全員、彼のために演奏しています。普段のモチベーションに加え、彼のために演奏するという気持ちが加わるのです。
 
 確かに、この2つの楽団は国際色豊かなので、日本のオーケストラとは言い難いですね。ただ、日本のオーケストラはエネルギーが素晴らしいと思います。エネルギーにあふれ、豊かなサウンドです。これは日本のオーケストラでもフィラデルフィア管弦楽団でも感じます。そして、日本のオーケストラは、規律正しく、アンサンブルに重きをおいています。まさにteam spirit(強い団結力)ですね。水戸室内管弦楽団でもサイトウ・キネン・オーケストラでもこのteam spiritが大切にされています。本当に特別なオーケストラです。
 
(写真左)2023年9月に開催された「ドイツ・グラモフォン創立125周年Special Gala Concert」でサイトウ・キネン・オーケストラのメンバーと。(写真右)2023年10月に開催された「水戸室内管弦楽団 第112回定期演奏会」の楽屋にてハインツ・ホリガー氏、水戸室内管弦楽団のメンバーと。
 
  その後、シュトゥットガルト放送交響楽団からライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽に移籍されましたね。
 
トーンドル ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団では、更に多くのことを学びました。ご存知のとおり、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団は長い歴史の中で培われたサウンドを持つ伝統あるオーケストラです。私はここで自分の音色を仕上げたのだと思います。オーケストラの中で演奏していると、自分の音の響かせ方やフレーズの歌い方など、さまざまな場面で周りから影響を受け、インスピレーションがわいてきました。このオーケストラで演奏できたことは本当に貴重な経験でした。
 
 次に、ヨーロッパ室内管弦楽団に入団しました。世界で一番素晴らしい室内管弦楽団と言えるのではないでしょうか。ここでは楽員は思い通りに演奏することができます。幸せでしかありません!現在もメンバーを務めています。
 
ヨーロッパ室内管弦楽団でのフィリップ・トーンドル氏
 
  その後、フィラデルフィア管弦楽団に入団されたのですね。オーケストラでの演奏活動とカーティス音楽院での活動に力を入れていらっしゃいますが、その他にもプロジェクトはありますか。
 
トーンドル CDのプロジェクトも進めています。これから3枚のCDがリリースされます。シューマンの作品を収録した1枚目のCDは10月20日に、2枚目は2024年春、同年夏には3枚目が発売されます。2枚目はフランス音楽集、3枚目はスラブ音楽集です。私にとって今年の重大プロジェクトですので、練習に励んでいます。
 
 この3部作では、異なる3つの音楽の様式をお聞かせしたいと思っています。シューマンの作品では、彼の音楽の様式感、そして、それに合った音色、ビブラート、フレーズの表現の探求を感じ取ってもらえると思います。フランス音楽では、もっと電撃的に、もっとコントラストをつけ、スラブ音楽では、更に勢いのある表現をしています。ビブラート、長いフレージング、アーティキュレーション、音によって語法を表現する方法などは、音楽によって違います。それぞれの様式や美学を演奏を通して伝えることが3部作の目的でもあります。皆さんに感じてもらえると嬉しいですね。これらの様式を学ぶためには、3枚すべて買って聴く必要がありますよ 笑。
 
  発売を楽しみにしています。来年以降についてはいかがですか。
 
トーンドル 2024年、25年に、今は詳細をお話しすることができませんが、CDのプロジェクトがあります。また、現在やっているいくつかのマスタークラスも続けていきたいと思っています。そして、これも内容はお話しすることができませんが、〈ビュッフェ・クランポン〉で新しいプロジェクトがあります。とてもわくわくしています。
 
  ありがとうございました。
 
2023年10月にリリースされたアルバム『ロベルト・シューマン コントラスツ』
 
 
※ フィリップ・トーンドル氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
〈ビュッフェ・クランポン〉オーボエ”レジェンド・ハイブリッド”、 “レジェンド”(グレナディラ製)

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