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松本健司氏 コンクールを語る

NHK交響楽団首席クラリネット奏者の松本健司さんは、第2回ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクール(2014年)の運営に携わり、2018年の第4回、今年2023年の第6回では審査員を務めました。パリ国立高等音楽院で学び第一線で活躍する演奏家、そして音楽大学でも後進の指導にあたる指導者としての松本さんの視線から、コンクールのことや今後の若者に託す思いを伺いました。[使用楽器:〈ビュッフェ・クランポン〉“Divine”, “Légende Boxwood”](取材:横田揺子)
 
 
  第6回を迎えたジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールですが、どのような位置づけのコンクールだとお考えですか?
 
松本(敬称略) とてもレベルの高いコンクールですね。もちろん、ミュンヘンやジュネーヴといった伝統のある大きなコンクールもありますが、ランスロコンクールはまだ始まって6回目、若いコンクールではあるけれど、それにもかかわらずレベルはかなり高いと思います。今まで運営の裏方もしましたし、2回審査もしましたが、受けに来る人のレベルがどんどん高くなっています。今年、横須賀に集まった人たちは2回の動画審査を経て集まってきたので、もう最初からみんな上手!ある一定のクオリティ以上であることは確かで「さあ、ここから誰が先に進むのか」というのは、私達もすごく楽しみでしたし、どう評価して選ぶのか、3次審査の2日間はずっとそのことを考えていました。
 
  今回は6名の審査員でしたが、どのような雰囲気でしたか?審査に困難を伴ったり、といったことはありましたか?
 
松本 もちろん意見が割れることはありましたが、全員がいつも同じ方向を見ているような気はしました。審査中は受験者の誰が何票を獲得したか私たち審査員にはわからないのですが、3次予選からセミファイナルに進む人を選ぶときには6人全員の投票、満場一致で通過した人が何人かいた記憶です。こんなに合う人が3人4人いたんだな、と思ったものです。
 
2023年に横須賀で開催された第6回ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールの6名の審査員。写真左からアレクサンドル・シャボ氏(パリ・オペラ座管弦楽団首席奏者)、審査委員長 ニコラ・バルディルー氏(フランス放送フィル首席クラリネット奏者/リヨン国立音楽院教授)、アントニオ・サイオテ氏(元ポルト・アカデミック・オーケストラ首席奏者)、野田 祐介氏(東京音楽大学教授)、松本 健司氏(NHK交響楽団首席奏者)、ヨハネス・グマインダー氏(ライプチヒ メンデルスゾーン芸術大学教授)
 
  今回の審査員はフランスをバックグラウンドに持つ人が多い印象でしたので、そこもコンクールのカラーになっているのかなと感じました。
 
松本 そうですね、日本人の二人、野田祐介さんと私はパリ音楽院に行っていましたし、二コラとアレクサンドルもパリ音楽院の同期生でしたのでパリ関係が4人と、あとはドイツとポルトガルですものね。前回に比べると、審査員の人数も国籍の種類も狭くなっています。前回はフィンランドのハリ・マキさんやイギリスのマイケル・コリンズさんとかいらしたので…。そういう意味では今回は、同じような考え方が揃っていたのかもしれませんね。サイオテさんもランスロ先生の講習会を受けたりしていたみたいですし。
 
  ランスロ先生の思い出などはありますか?
 
松本 年に2回か3回だったと思うんですけど、パリのご自宅に、お昼ご飯に呼んでいただいて。お昼ご飯といっても午後1時から4時くらい長い時間をかけて食べるんです。あまり音楽の話はしていた記憶はないんですが、私が「コンクールやオーディションを受けてみようと思ってるんですよ」と相談した時には「うん、そうだよ!受けなきゃ受かんないからね!」って(笑)クラリネット界の神様ですが家ではとても気さくなお人柄で、「次、何飲む?何飲む?」って、ワインをいっぱいお持ちで、「じゃ、次はこれを飲んでみようか…?」って普通のおじいさんです。昼から飲み会で(笑)、ある日は午後6時から授業があったのに、すっかり酔っぱらって授業に出た覚えがありますよ。
 
ジャック・ランスロ氏
 
  ランスロ先生のレッスンはどのようなものだったのでしょうか?
 
松本 実は、ランスロ先生のレッスンを受けたのは日本なんですよ。国立音大が先生を3カ月間招聘していました。その期間、月1回は大阪にレッスンに行かれるので、私は国立駅の近くの先生の宿舎までお迎えに行って、中央線で東京駅にお連れして新幹線にご案内する、という役目を任されていたんです。そのお礼の意味もあったのか、一度呼んでくださって、モーツァルトのコンチェルトを最初からずーっと、隣に座って聴いてくださいました。こういう時はこういう練習したほうがいいとか、ランスロ先生は、指が不器用なところがあったのか、練習方法をたくさん知っていて教えてくださいました。それは私も今生徒たちに教えながら伝えていることです。
 
  練習方法、どのように練習するかっていうのはとても大事なことですよね。
 
松本 ええ。ランスロ先生の練習方法、すごくシンプルで「フォルテではっきり、ゆっくり、全てマルカートで練習して、本番は吹きたいように吹きなさい」っていうものです。でも、そういう練習をしていると、練習の時はできていたのに、本番で間違えちゃう、ということが起こらなくなりますね。確実にできるようになる。何か指摘されるときは、必ず、ゆっくり丁寧に練習する、ということでした。
 
  フランスでの他の先生のレッスンはいかがでしたか?
 
松本 私が習っていたアリニョン先生は、作曲家のスタイルをとても重要視していて、古典派のスタイル、ロマン派のスタイル、近代のスタイルといった様式や、作曲家の作風を表現するのが私たちの役目だ、とおっしゃっていました。
 
  アリニョン先生もランスロ先生のお弟子さんでしたよね?
 
松本 はい、仲も良くて、卒業試験にランスロ先生をお呼びしたりしたこともありましたね。たしか、すごい年だったんですよ。ローデンホイザー先生も来ていて、あとはフィリップ・ベロー、後はちょっと覚えていないけど(笑)すごい豪華メンバーでしたね!
 
  コンクールで印象に残った演奏、出来事はありましたか?
 
松本 まず韓国からの受験者がとても上手だったことでしょうか。すごく難しいパッセージも、全員がノーミスで吹いていて、すごいなと思いました。最近、チョ・インヒョクという元メトロポリタン歌劇場首席で今は韓国に帰って活動されてる方や、マウスピースを作っているアトリエ・シュミットのチャンさんと一緒にご飯を食べたときに話をきいたら、韓国内での競争がとても激しいそうなんです。そういったこともレベル向上に拍車をかけているのでは、と思いました。キャラクターも強い、というか、表現の仕方が「魅せる」んですよね。聴いていると、他の曲はどんな演奏するんだろう、っていう期待を抱かせる、そんな演奏なんです。韓国は隣国で近い国だけど、全然違うと思いますよ。主張が強いですよね。
 
 あと、1位に輝いたアンヘル君、彼の演奏を聞いた時に、フレーズのおさめ方やセンスに「あ、この歌いかた知ってる!」って感じたんです。あとで話をきいたらアリニョン先生の弟子でした。同じスクールですね、「そこは、やっぱりそう吹くよね」って読めちゃう(笑)人柄も優しくとても良い方でしたし、親しみがわきましたね。
 
第6回ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールの審査員、運営委員会、ファイナリストの記念写真。後列左から5人目が松本健司氏。ファイナリストは前列左から、ヤン・マラツィカ氏、アンヘル・マルティン・モラ氏、イェビン・ソ氏、サンジン・パーク氏、マルティン・バルボッサ氏。
 
  今回、日本人の方がファイナルに残らなかったのは、ちょっと残念でしたね
 
松本 皆さんとても上手だったんですけれど、進出されなくて残念でした。おそらく、日本の国内コンクールとかのように日本人の方々だけ聴いていれば高い評価ができると思うんです。ただ、今回のようにいろいろな国から来ている人のなかにポツンと入ると、まず色の数が違う。出てくる音の色の種類が違うんですよ。ずっと同じ色に聞こえてしまう。もちろん、すごく上手いし、マイナスなところは一つもないんです。かといって加点するポイントがあるかというと、外国から受けに来ている人と比べるとちょっと弱い。韓国の皆さんの演奏を聴いた時に、それぞれが自信をもって「この曲は、こういう曲です」っていうのを、その人の言葉でしゃべっている、と感じました。楽器を扱うテクニックとか、微妙なコントロールも非の打ち所がない。たしか日本での第1回(2014年)の時は韓国の皆さんが全員2次予選で落ちたんです。そこから変わってきたように思います。2016年のフランス大会のときハン・キム君が第1位になって、次の2018年の時はYoujin Jungさんが第2位、彼女もとっても上手ですごいな、と思いました。彼女は今はどうしているのかな。でも韓国勢は、そのあたりから一気にでてきましたね。
 
  フランスの大会と日本の大会で、レベルや傾向の違いはありますか?ランスロコンクール「らしさ」というものはありますか?
 
松本 らしさ、というと、例年日本の大会ではランスロ先生が関わった曲、例えば前々回はルフェーブルのソナタとか、今回はドヴィエンヌを課題曲にしています。あとはランスロ先生が初演されたフランセの協奏曲も候補に考えたのですが、今のご時世、誰でも吹けてしまうし、それを聴いて審査というのもどうかということで、『主題と変奏』を採用しました。ランスロ先生はあまり現代作品は演奏なさらなくて、割と子供が簡単に吹けるような曲集を作ったりされていましたので、コンクールの課題としては、ドヴィエンヌかフランセくらいしか思い浮かばないんです。
 
松本健司氏
 
  ファイナルでの皆さんのモーツァルトはいかがでしたか?
 
松本 皆さん、オーソドックスで基本的なスタイルで良かったと思います。最近よく、飾りをいっぱい付けるモーツァルトがあるじゃないですか(笑)、それも確かに18世紀の古典のスタイルではあるのですが、もともとの美しさを引き立てる飾りなら良いのですが、つけない方がよかった、という逆効果になってしまう飾りだと残念だと思います。例えばすでに音楽的には飾りがついているところに、さらに飾りをつけるとなると作曲家はどう思うでしょう?他のコンクールですが、余計なことしなければよかったのに…と思ったことは何度かあります。今回の皆さんはそんなことはなく、オケとの練習も限られた時間だったろうにベテランの貫禄を感じる演奏でしたが、実は、ほとんどが初めてのオーケストラとの共演だったそうです!
 
  入賞者の皆さん、皆20歳前後ととてもお若かったですよね。
 
松本 ええ、少し上の26歳の方もいましたがあとは21歳とか…。1位のアンヘル君はすでにリヨンのオーケストラの席が決まっているそうですし。調べたら、既にビュッフェ・クランポンのアーティストに名を連ねていました(笑)もうプロだったんですね(笑)でも23歳であの落ち着き!すごいですよね。
 
  日本の若者へのアドバイスはありますか?
 
松本 そうですね…。外国の強豪校にいって、そこの中でもまれてくる(笑)?韓国のチョ・インヒョクさんから「今、パリの音楽院に日本人いる?」って訊かれました。そう思うと、この何年かいなくて、今は西村さんと今年入学した方とマスターに二人いるのですが、それまで韓国、台湾の学生が多くて日本人がいなかった。台湾の学生もレベルが高いんですよ。だいたいがアメリカやフランスに勉強に行っていますね。一度呼ばれていった台湾のマスタークラスでは、フローラン・エオと中国とアメリカの先生と私、4人の先生がいたんですね。1週間で40〜50人くらいレッスンしたでしょうか。教えていて、みんな英語もしゃべれるし、頭が良いな、と感じました。なんで日本人はしゃべれないんでしょう…?言葉ができないことが外へ出ていく妨げになっているかもしれません。私の中では、今、アジアの中で一番うまいのは韓国勢で、2番目は日本と台湾で占めている感じがします。この構図、ちょっと前までは逆で、日本が一番レベルが高かったんですよ。でもクラリネットだけじゃない。ピアノやヴァイオリンも、最近のコンクールはだいたい上位は韓国の方じゃないですか。韓国の国の中で何かが起こっているんだと思います。
 
 それにしても、もう少し日本勢がセミファイナルとかに残ると思ったんですけど…やっぱり、コンクールだと、どうしても比較になってしまうから、音色がずっと変わらないのと、いろんな色を使いわけているのと違ってしまいますよね。印象に残るかどうか…。そう考えると次世代の、今回は入選だった韓国のイェビンさん、彼女は今後すごいことになるかもしれませんね。留学されるそうですし、ジュネーヴやミュンヘンで出てくるでしょうね、彼女は本当に上手で、いい意味で主張が強いので、あとは音楽的な面でいろいろ学べば演奏が変わってきますよね。また演奏の解釈の面で、あれ、っと思うところが何カ所かあったので、そのあたりの軌道修正とかしてくるでしょうし。期待の星ですね。
 
 韓国の中では競争が過熱していて、パニック障害になってしまったり、ちょっと心配なんだそうです。コンクールに入ると兵役が免除とか、あとは子供をクラリネットの先生にしたい、と思う親がいっぱいいるんだそうです。競争が凄い分レッスンをたくさん受けに来るから、先生も繁盛するようです。そういった将来の仕事があるのはいいことですし、そういったことでクラリネットのレベルがあがっていけば一石二鳥ですよね!中国の方も上手ですよね。
 
松本健司氏
 
  中国の方も海外に学びに出ている印象です。
 
松本 そうです、だから日本の人も積極的に外に出て、いろんな刺激を得てほしいです。僕も21歳の時に思い切ってフランスに行って、そうしたら偶然、パリ音楽院に受かって、偶然、今回一緒に審査した二コラとアレクサンドルと同じ学年だったんです。私の時は110人受けていて、1次審査で20数人に絞られて、入学が許されたのは7人。発表は口頭で名前を呼びあげるのですが、その時は胃が痛くなるくらい。みんな具合が悪そうな顔して発表を聞いていました。そんなでしたね。
 
  話をコンクールに戻して…、次の2025年、第7回はフランス大会ですね。なにか、コンクールに期待することや未来として考えていることはありますか?
 
松本 二コラやアレクサンドルと話したんですけれど、フランスの中ではコンクールを受けるより、仕事につながるもの、オーケストラのオーディションの方に力を入れる流れがあり、コンクールへの熱が冷めてきているみたいなのです。コンクールは一回受かっても、そこで終わりですが、それよりは毎月お給料があるオーケストラを受ける、という方が多いらしいんです。このコンクール離れみたいな流れは心配ですよね。そうならないために、コンクールがその後のサポートとして演奏会ツアーなどを企画できるといいですよね。今回も受賞者コンサートは1回だけですから、そういったところも手厚く出来ればいいのかな。CDの制作なんかも案ですよね。なにか逸材を世の中にアピールできるものが残せればと思います。後はコンクールの周知も、募集の1年前くらいから念入りに行えればもう少し参加者が増えるでしょうか。日本のコンクールも審査員に外国の方を混ぜるのもいいかもしれません。審査員が全員日本人だと、知っている受験者ばかりになってしまいますし。コンクールというとどうしても興行的に盛り上げていかないといけない面もあるので、課題曲のレベルを易しくしたり、多くの人が挑戦できるように幅を広げたり、日本のコンクールも少しずつ変えていけるとよいかと思っています。また近い将来に、日本勢にも盛り返してほしいですね!
 
  ありがとうございました。
 
 
※ 松本健司氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
〈ビュッフェ・クランポン〉クラリネット”Divine“、”Légende Boxwood

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