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ジェローム・コント氏 インタビュー 2021

 

 ジェローム・コント氏は2005年よりフランスのアンサンブル・アンテルコンタンポランに参加し、創設者のピエール・ブーレーズをはじめ、第一線で活躍する多くの識者と共演し、また現代の作曲家による作品を数多く初演してきました。同楽団の来日を機会に、その活動についてなど、さまざまなお話をうかがいました。

(聞き手:相場ひろ 通訳:岡本和子 2021年8月18日、Zoom会議にて)

音楽家の道を選んだ二つの理由

– まず、クラリネットを始めたきっかけについて教えてください。

コント (敬称略) 私の両親はアマチュアの音楽家でした。またクラリネットを吹く叔父もいて、ごく自然なかたちで7歳の頃から少しずつ彼らに音楽を学び始めたのです。その後さまざまな先生について本格的に勉強をするようになりました。

– プロの演奏家になろうと決心なさったのは?

コント 決心したということはありません。プロになるということに疑いを持ったことがなかったのです。11歳の頃「将来何になりたいか」と尋ねられて、「演奏家」と答えていましたから(笑)。17歳、18歳の頃に同じ質問をされたら、別の答えをしたかもしれません。たとえば写真家ですね。あるいはジャーナリスト。とにかくあちこちを旅行して回る職業というのを思い描いていました。オフィスに座って仕事をする類いの職業には向かないと思っていましたから。音楽家を選んだのは、まさに旅行が多いこと、そして幼い頃から積み重ねた音楽の素地があったことのふたつが理由になります。

– そうすると、現在のようにツアーの多い生活というのは、まさに望んだ道ということですね。

コント その通りです。私はかれこれ20年以上も演奏会で世界中を飛び回る生活を続けています。さすがに現在のようにコロナが蔓延している状況は特殊ですけれども、世界のあちこちをめぐって、さまざまな発見をして回ること、そしてその先々で音楽をすることは、私の音楽家生活の大きな目的となっています。

– そのように旅を重ねることの楽しみとはなんですか?

コント まずは人との出会いですね。旅をしないと会うことのできない人々と言葉を交わすこと、多様な習慣、文化、音楽への考え方などを知る機会を得ること、でしょうか。また、私は世界の各地でマスタークラスを開くのですが、そこで若い音楽家に出会ったり、また先生方に会ったりすることも、私にとってたいへんに実りの多い体験です。音楽の話をし、また自分とは異なる視点に触れることで、私自身の音楽や、音楽教育についてのヴィジョンが豊かになっていくからです。

 そうした場でいつも思うのは、人の数だけ音楽についてのヴィジョンがあることですね。クラリネットについて言えば、その演奏法やスタイルには、さらに国ごと、流派ごとの違いというのもある。現在ではインターネットというコミュニケーション手段もありますし、そうしたツールも使って出会いを重ねていくことで、お互いのスタイルを分析し、理解していくことができるようになりました。

 私はお国柄や流派を越えたユニバーサルな演奏スタイルというものを目指している訳ではありませんけれども、そうした理解の積み重ねをひとつに落とし込んでいくという作業は重要だと思っています。

アンサンブル・アンテルコンタンポランへの入団と現代作品

– 今国ごとのスタイルや流派の違いというお話が出ました。私は30年ほど前にフランスに住んでいたんですけれども、その頃はドイツのスタイル、フランスのスタイルというものが厳然とあると考えられていて、「フランス人のクラリネットはブラームスに向かない」と言う人もたくさんいました。そうした国ごとのスタイルの違い、あるいはレパートリーの違いというのは、現在もはっきりと感じられますか。

コント この数十年、そうした違いというのは小さくなっていると言えます。レパートリーについて言えば、私たちは多くの情報を得ることができるようになりましたから、出身地がどこであろうと、演奏家はあらゆるレパートリーをこなすことができます。

 演奏スタイルには国ごと、流派ごとの違いがありますが、演奏にとっては決定的な要因でなくなってきています。作品を演奏するときは、その中に分け入り、自分の持てる知識を総動員して、分析を重ね、インスピレーションを得て、その様々な側面にアプローチしていくわけですが、そうした方法論はドイツ人でもフランス人でもアメリカ人でも変わりません。その前提となる知識に、国ごと、流派ごとの差異がなくなってきたのです。

 また一方で、ドイツのスタイルによるブラームスと言っても、現在のそれは30年前のそれとは異なります。演奏解釈が知識や経験の積み重ねであるということは、それは常に変化し、進化していくということでもあります。ですから、お国柄の明確な違いというものは、現在では感じにくくなったといえるでしょう。

 私自身はそうした変化を望ましいものだと思っています。私は新作の初演を通じて多くの現役の作曲家と出会い、話し合ってきました。その中で分かったのですが、作曲家は自分の作品について非常に詳細なイメージを持っているけれども、それは常に変化し続けているのです。技術的な理由で、あるいは楽器の機構的な問題で、今実現できないことが、将来できるようになるかもしれない。あるいは彼の心の中で作品が進化を遂げるかもしれない。モーツァルトやブラームスにしても、彼らの頭の中にあったイメージに、現在の方が近づけているかもしれない。クラリネットはブラームスの時代に比べてずっと力強い音を出すようになりましたが、現在の力強い音を彼が好んだかもしれないし、当時の楽器の、パステル調の響きを好んだかもしれない。どちらがよいのか、こうした問題には答えがありませんから、どちらがあってもよいと思うのです。

 大切なのは、その演奏が真摯なものであることです。その真摯さこそが音楽の美しさを作るのだと思っています。

– 現代の作曲家のお話が出ましたので、コントさんが現在参加しておられるアンサンブル・アンテルコンタンポランの活動についてうかがいたいと思います。まず、このアンサンブルのオーディションを受けられたきっかけはどのようなものでしたか

コント もう15年以上も前のことなので正確に思い出せないこともありますが、オーディション以前にアンサンブルの方からいくつかのコンサートに招いてもらったのがきっかけです。ピエール・ブーレーズの指揮でシェーンベルクの《室内交響曲》を演奏したり、エリオット・カーターの新作の初演をしたり、そうした経験がたいへんすばらしいものだったので、オーディションを受けようと決心しました。

 オーディションの内容は盛りだくさんでした。2回に分かれていて、1回目は予選です。このときはまず、ウェーバーのコンチェルティーノをピアノ伴奏なしで演奏しました。これはアンサンブルの伝統で、古典曲を伴奏なしで演奏することで演奏者の拍節感覚を検分し、かつ頭の中で伴奏がきちんとイメージできているかをみるのです。それからストラヴィンスキーの《三つの小品》をE♭管で演奏させられました(笑)。通常のA管でも難しい曲ですが、E♭管ではさらに難しい。これはきちんと正確な音程で、かつ均質な音色で演奏できるかをみたのです。

 2回目はまず1回目の予選の曲をすべてもう一度演奏しました。それからさらに別の曲を45分ほど。自由曲としては、私はフランコ・ドナトーニの《クレール》を選びました。課題曲はブリュノ・マントヴァニの無伴奏曲《バグ》と、それからブーレーズの《エクラ=ミュルティプル》の抜粋でバセット・ホルンのパート、シェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》のバス・クラリネットのパートがあったのを覚えています。その他シェーンベルクの《室内交響曲》と、あとリゲティがあったなあ。

 これらはすべて、アンテルコンタンポランが日常的に採り上げているレパートリーに基づいたものです。オーディションに受かるのであれば、楽団の日常的な活動についていけるはずだ、ということなんです。それらが終わると最後にブーレーズが近づいてきて、譜面を一枚渡されました。初見演奏の試験です。読譜の時間は3分。楽譜は彼の《デリーヴ2》の最後の2ページでした。8分の3、5,7と拍子がどんどん変わりながらテンポが上がっていくところです(笑)。これはブーレーズの指揮を見ながらの演奏でした。

– アンテルコンタンポランのように現代作品を数多く演奏していますと、技術的に「これは困った」というようなこと、また逆に挑戦することが楽しかったことなどもあったかと思いますが、お話しいただけますか?

コント そうした苦しみと喜びの繰り返しが私の毎日です(笑)。

 まずアンテルコンタンポランに参加した最初の年にハインツ・ホリガーの指揮でヘルムート・ラッヘンマンの曲を演奏したのですが、彼の作品は楽譜を読むのがたいへんでしたし、またそれらの技術に慣れるまでがたいへんでした。彼の音楽はたくさんのノイズを使用するもので、たとえばクラリネットにはフラッター・タンギングを要求するのですけれど、音を出さずに息だけでとか、あるいはいろいろな発音を使って、などタンギングの使い分けが必要なのです。それらを非常に正確に演奏し、かつ正しく、素早くスイッチングしないといけない。それらが独自の記譜によって楽譜に書き込まれている訳です。この記譜法というのが問題で、これは作曲家によって違うので、曲ごとに学び直さないといけないのが厄介です。

 また、アンテルコンタンポランの演奏会で知った作曲家にヤン・ロバンがいます。彼は音のスペクトルに繊細かつ極端な要求をする人で、重音奏法を用いて、ひとつの音の中にいくつもの音を聞き取らせるんです。ひとつの音が生むいくつもの倍音が演奏する空間を満たしていく、その状態をヤン・ロバンは「飽和状態」と呼んでいるんですけれども、その飽和状態から新しい和声が生まれて、力強い音楽を作っていくのが、彼の作品の特徴です。最初は、彼の方法論や美学について知らないためにどうしてよいのか分からなかったのですが、慣れてくるとたいへんすばらしい。探求してみる価値のある新しい音楽言語がそこにあります。私は自分で彼に無伴奏クラリネットのための新作を委嘱してしまいましたよ(笑)。これは2022年に初演する予定です。

 ラッヘンマンとロバン、このふたりをみても音への、あるいは音楽へのアプローチはまったく異なりますし、それぞれ作曲者の意図に従って音をコントロールするのはとても難しいので、一生懸命練習します。その他にも微分音が要求される作品だと、指使いから勉強しないといけなかったりもする。こうしたものは練習して慣れていかないといけない。毎日が勉強ですよ。

– アンサンブル・アンテルコンタンポランといいますと、やはり創設者であるピエール・ブーレーズの存在が大きいと思うんですけれども、彼のもとでどのようなことを学んだか、またどのような影響を受けたか、お話しいただけますか。

コント 彼の思い出は強烈で、いまだに鮮明に目に浮かびます。彼とはたくさんの演奏会で共演することができまし、演奏について、音楽についていくども話し合い、議論もしました。彼ほどの音楽家とそうした機会を持ったことは光栄でした。

 彼は自分のエネルギーのすべてを音楽に注ぎ込むことのできる人であり、その点でカリスマ的でもありました。また指揮者としては、音楽的な意図を明確に演奏者に伝えることのできる力と技術を持っていて、彼の指揮の下では、演奏はとてもたやすいものに感じられました。

 彼はリハーサルのときに、音楽を一層ごとに分けて演奏させました。つまり、関連する声部ごとにまとめて演奏させ、それが仕上がると次の層を成す楽器群を採り上げて、またひとまとまりに演奏させる、という具合に進めるのです。最後にそれをすべて組み合わせると、まるで建物を組み上げるかのようにすべてがあるべき場所に収まるのです。そうした音楽のとらえ方、組み立て方というのを、今は私も心がけています。それは現代曲に限らず、モーツァルトのような古典においてもです。音楽の分析としては当たり前のことですが、それを実際にリハーサルの場で実践できる点に、指揮者としての彼の実力があらわれていました。
 
 ブーレーズとの共演で心に残っているものというと、まずは彼の作品《二重の影との対話》でしょうか。私はこれを彼とともに15回ほど演奏したのですが、電子機器とのバランスから舞台効果や照明まで、細かい点を整えていくことに彼が非常に神経を使っていたことが印象に残っています。

 また協奏曲では、カーターのクラリネット協奏曲をパリの他アムステルダムやアントウェルペンなど各地で演奏したのもよい思い出です。

 彼はエネルギーと知性、カリスマ性、そして無私の心にあふれていました。すべてを他人にさらけ出すタイプの人間ではありませんでしたが、音楽に対して献身的に取り組む相手には心を許し、良好なコミュニケーションを保つ人でした。


– さて、今お使いになっている楽器についてお話しいただけますか。

コント B♭管とA管については〈ビュッフェ・クランポン〉の“トスカ”のグリーンラインを使っています。バレルとベルは木製のものに交換しています。バスクラリネットも“トスカ”です。それからE♭管は“プレスティージュ”。

 トスカのB♭管、A管の特徴はまずその柔軟性にあります。音色やまろやかで同時に輝かしい、というのが私の好みに合っていますし、またメカニズムも秀逸で、指に無理がかからず、演奏するのがとても楽です。グリーンラインを選んだのは、“トスカ”がそもそもグリーンラインのために作られたものですし、楽器の信頼性もたいへんに高いからです。

 先ほど申し上げたように、私は移動の多い生活をしていますけれども、行った先々で温度も湿度も大きく違う。また場所によっては空調の状態も違う。それでもグリーンラインは安定している点がありがたいです。

– ありがとうございました。


ジェローム・コント
(Jérôme Comte)

ジュネーヴとパリでトーマス・フリードリやパスカル・モラゲス、ミシェル・アリニョンといった名匠に師事した後、パリ、プラハ、ミュンヘンのさまざまな国際コンクールで注目を集め、バンク・ポピュレール財団や文化芸術振興を目的としたメイヤー財団の奨学金を獲得。

2003年には若手演奏家として初めてシャルル・クロ・アカデミーの助成を得た。室内音楽家としてのキャリアをスタートさせると、世界中で活躍。ロンドン交響楽団やマーラー室内管弦楽団、アンサンブル・アンテルコンタンポランなどの国際的に有名なオーケストラと共演し、25歳でアンサンブル・アンテルコンタンポランに入団した。

翌年には、エクサン・プロヴァンス音楽祭でヤン・マレシュ作『クラリネットとアンサンブルのためのエクリプス』をピエール・ブーレーズ指揮のもとで演奏。2009年にはヨーロッパの主なコンサートホールを回るツアーで再びブーレーズと共演し、エリオット・カーター作曲のクラリネット協奏曲を演奏した。2016年には、マティアス・ピンチャー指揮のもと、アンサンブル・アンテルコンタンポランと共に録音に参加し、アルファ・クラシックスよりアルバムを発売。

2010年にルーヴル美術館で開催されたピエール・ブーレーズの回顧展で同氏作曲の『二重の影の対話』に客演して以来、同作品を定期的に演奏してきた。マイアミのニュー・ワールド・センターで披露した陳銀淑(チン・ウンスク)のクラリネット協奏曲(マティアス・ピンチャー指揮)や、シテ・ド・ラ・ミュージックのフィルハーモニー・ド・パリで演奏したハンス・ヴェルナー・ヘンツェの『薔薇の奇蹟』をはじめ、華々しいキャリアの中で名演奏を重ねている。

※ ジェローム・コント氏が使用している〈ビュッフェ・クランポン〉の“トスカ”の情報はこちら

※ アーティストインタビュー一覧はこちら

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