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野田祐介氏 コンクールを語る
現在、東京音楽大学教授として後進の育成にあたる野田祐介さん。第6回ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールでは審査員を務められました。国際コンクールの審査は初めてだったという野田さんに、コンクールの様子や若者へのメッセージを伺いました。
[使用楽器:〈ビュッフェ・クランポン〉“フェスティヴァル”](取材:横田揺子)
第6回を迎えたジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールですが、どのようなコンクールだと感じられましたか?
野田(敬称略) クラリネットだけの国際コンクールというと数が限られていますが、そのような中で、ミュンヘンやジュネーヴの国際コンクールと肩を並べる、レベルの高いコンクールだと思います。フランスと日本で2年ごとに開催していますが、これまでの入賞者皆さんの素晴らしい活躍をみても、結果が出せている良いコンクールだと思います。
審査員の皆さんはどのような雰囲気でしたか?
野田 今回、国際コンクールの審査員は初めてだったので、とても緊張して会場に行きましたが、全然そんなことはありませんでした。サイオテさんをはじめ、皆とFacebook上では知り合いでしたし、グマインダーさんは前回のコンクールでお会いしていて、シャボさんも以前に日本で会ったことがあり覚えてくれていました。皆さんと沢山お話しできましたが、誰とも、割と意見が合うメンバーでした。今回は一回も審査で揉めることはなく、全体的にすんなり決まりましたので、サイオテさんが「普通は揉めるのに、こんなコンクールは珍しい、素晴らしいコンクールだ!」とおっしゃっていましたよ(笑)審査員の間でも、落ちてしまったけど、あの人良かったよね、とか、あそこが残念だったよね、いう話もしました。皆、いい人ばかりでした!
写真一番右が野田祐介氏。左から、第6回ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールの公式ピアニスト、鈴木 慎崇氏、出羽 真理氏、蒲生 祥子氏、審査員の松本 健司氏(NHK交響楽団首席奏者)、アレクサンドル・シャボ氏(パリ・オペラ座管弦楽団首席奏者)、審査委員長 ニコラ・バルディルー氏(フランス放送フィル首席クラリネット奏者/リヨン国立音楽院教授)、ヨハネス・グマインダー氏(ライプチヒ メンデルスゾーン芸術大学教授)、アントニオ・サイオテ氏(元ポルト・アカデミック・オーケストラ首席奏者)、野田 祐介氏(東京音楽大学教授)。
今回のコンクールの受験者のレベル、印象に残った演奏や出来事はありましたか?
野田 僕は一次、二次の動画審査は全くタッチしていなくて、三次審査から聴きましたが、三次に残っていた人たちは皆レベルが高く、誰もがこれから演奏家として活躍できるレベルだと思いました。なんといっても、韓国勢が強かった!沢山の人が三次に残っていましたし、あの、強さが印象に残っています。精神的な強さ、というのでしょうか、彼らが持っている音楽の力があって、それを本番できちんと出せる、発揮できることが凄いと思いました。
韓国で勉強されていて入賞したYebin Seoさんのドヴィエンヌのソナタなどは本当に素晴らしかったです。完璧。一点の曇りもない感じでびっくりしました。韓国はいま競争が激しく、それでどんどん上手な人が出てきているようです。個人レッスンが盛んで、先生になるとちゃんと稼げるらしく、みんな先生になりたがって頑張ってるんだそうです。
1位のAngel Martin Moraさんはリヨンのオーケストラに入団が決まっているそうで、彼のセミファイナルのドビュッシーは圧倒的でした。僕とは全然違う解釈だけど、こういうのもいいな、ってそう思わせてくれる演奏で印象に残っています。ドビュッシーの良い演奏に与えられる濵中浩一賞を受賞した2位のSang-jin Parkさんのドビュッシーももちろん素晴らしく、音楽の立体感もあり、どちらかというと完璧な演奏を目指す感じだと思いました。全体的に、入賞したひとたちは大舞台にもかかわらずのびのび吹いていて、緊張しない人っているんだな、と思いましたよ(笑)
三次審査のドヴィエンヌを少し聴きましたが、みんなテンポが速めに感じました。
野田 そうそう、みんな速い!吹けてしまう、というのはあると思いますが、ちょっと落ち着かないし、和声感なども聞こえづらくなってしまいます。古典の様式感や和声はもっと勉強してほしいな、と思いました。和声にしてもドミナントとトニカ、緊張と弛緩がない。もちろん、それが解っているから絶対か、と言われるとそうでもなく、難しいところですが、結局はトータルバランスで、流れや音色の使い分けでしょうか。作曲家の意図したことと違うことはしない方が良いけれど、自分のアイディアや個性は入ってきていいし、でも音楽の解釈にどこまで個性をいれるか、というのもバランスですよね。
古典派の作品だった本選のモーツァルトはどんな印象でしたか?
野田 本選に残った皆さんのモーツァルトは素晴らしかったです。でも、様式をまずちゃんと捉えてから表情を加えられるとよいのですが、先に表情を作ってしまっている感じがしました。モーツァルト、って一言でいうと、エレガントですよね。そのエレガントさ足りない。速く吹いてしまうとか…モーツァルトは難しいですね。僕は実は、別のファイナリストのほうがモーツァルトとして好きだな、と思って1位に推していたんです。もちろん選ばれたMoraさんが1位でも全然おかしくない、と思っていましたし、それはコンクールですからね。
野平一郎先生の新作もありました。
野田 野平先生の新作は、皆さんしっかり吹いていらして、中でも3位Martim Barbosaさんの演奏が曲の持っている雰囲気をよく出していて、好きでした。このようにして、コンクールを契機に新作を増やすのは、コンクールの役割としても大事なことだと思います。僕は、本当はオーケストラ伴奏や弦楽伴奏の曲を作ってほしかったんですけれど、さすがにそれだとリハーサルの時間がとれませんし、費用もかさんでしまいますよね。
フランセの『序奏と変奏』はいかがでしたか?
野田 フランセの曲も人前で完璧に吹くのすごく難しいですよね。それなのに皆、しかも速すぎだったけど(笑)ちゃんと吹いていて…ビックリしました。レベルが高いですね。でもゆっくりバリエーションとか舞曲のバリエーションは、いまいち。そういったリサーチが足りないですね(笑)とはいっても、レベルはだいぶ上がっています。僕も各地で教えていますけど、まだまだあのレベルには行っていないな、と思います。日本でも若くてオケに入っているような人たちはそのレベルに達していますが、学生はまだまだ、という気がしています。
野田祐介氏
日本での開催でしたが、日本人はセミファイナルには二人、本選には残念ながら誰も残りませんでしたね…。
野田 はい、セミファイナルに残らなかった日本人にも、僕はいいと思ってよい点数を付けた人が何人かいましたが、残りませんでした。どうしてかな、と考えたときに、韓国やヨーロッパの人たちの演奏の方が、音楽や音、演奏が立体的なんです。拍感が強く、いろんなことが次々と出てくる感じだけど、対して日本人の演奏は整いすぎていて平たく感じたんです。とても上手できれいに揃っているんだけど、本来音楽が持っているパルスが少ない傾向にありました。
そうすると、ヨーロッパの方々の耳には、より平らに感じられていたかもしれませんよね。
野田 そうですよね。日本人として、整った美しさも解るし、きちんとしていて良い、と思えるのですが(笑)僕が留学しているときに一番思ったのは、フランス人だけではなく、ヨーロッパの人たちって、あまり吹けなくても主張は強くて(笑)、もともと主張することが習慣になっているから、楽器を持った時にそれができるんだな、と思いました。日本人はむしろ、空気読むのが美徳と思われる傾向もありますから、自分を含めて、そういうところは勝てないな、って思ってしまいます。日本人だけの間でやっているうちはいいのですが、本場の方たちの中だと負けてしまいます。音がいいとか、音が並んでいる、といういうことではなく、音楽が本来持っているパルスがあるかないか。日本人の参加者も、比べなければ一人一人は素晴らしいのですが、コンクールだとどうしても比較されてしまいます。
過去のランスロ・コンクールでも韓国の方の入賞が多かった印象です。
野田 日本で開催した1回目(2014年)のとき田中香織さんが2位になりましたよね。彼女以外には日本出身の入賞者は出ていません。今回2023年は2位と入賞が韓国、前回(2021年)の1位は台湾のJulien Chun-Yen Lai、他に韓国の方は2018年は2位のYoujin Jungさん、2016年は1位にHan KIMさん、2012年も1位がSang Yoon Kimさん。こう見ると、歴代も韓国中国勢が多いですよね。
この状況を打開するためにも、日本の若者たちへのアドバイスはありますか?
野田 やはり、日本で好まれるタイプ、というのあると思います。とくにオーケストラなどでは「ちょっとそれやり過ぎじゃない?」みたいな雰囲気がありますよね。かといって、おとなしくてもダメですから加減が難しいです。日本の音楽界が閉塞的な感じはします。でも、フルートとかサックス、ヴァイオリン、ピアノは海外でも優勝したりしていますから…、そう思うと、もともと地味な楽器であるクラリネットは派手に吹くのは難しい分、演奏者が本来持っている音楽の強さが必要な楽器なんだな、と思いました。
若者たちへのアドバイスとしては、やはり、日本に居てはだめだと思います(笑)どんどん海外に出て、影響を受けてほしいし、外国語、ヨーロッパの言葉をしゃべれるようになってほしい。外国語ができないと、そこで受け入れない態勢になってしまうのが一番よくないですよね。英語でも何語でも、まず会話ができるようにする。とにかく、海外の人と会話ができるようになることが一番の早道で、コンタクトが取れれば、いろいろなところに顔を突っ込んでいけるようになりますよね。
あとはクラリネット以外の演奏をたくさん聴いて欲しいです。僕自身も学生の時はクラリネットの演奏を聴いていましたが、今はほとんど聴きません。自分が演奏家として活動するようになってからは、他の楽器や歌の演奏のほうが影響を受けますし、指揮者の解釈など音楽を大きく捉えていくことの大事さがあると思います。どうしてもクラリネットを聴くと、いいところを真似しようとしますよね。でもそれだと真似であって、自分で考えた音楽ではないんです。Youtubeなど今は便利ですが、学生たちは誰の演奏かもわからずに聴いてくるんですよ。その前に、良い演奏かどうかを判断できる耳をまず肥やさないと。昔、僕らの時代はCDやレコード、演奏会のチケットを厳選して買って、聴きに行きましたよね。限られた機会ですから、やっぱり大事に聴くじゃないですか。レコードなんてあまりたくさん聴くと擦り切れてしまうから、一回聴くときにはすごい集中して、情報が100%入るように聴きましたけれど、いまは手軽な分、上っ面しか聴いていないのでは、と危惧します。
今回のコンクールは日本で国際レベルの演奏を身近に聴ける最高の機会だったと思います。配信も多くの方が聴かれたと思いますが、でもやっぱり生の演奏ですよね。映像でもある程度の様子は伝わりますが、ライブの、あの会場の空気感は映像からは絶対にわかりません。あの、ホールの空気をつかんで音を出す感じ。それができる人は多くなかったですが、やっぱり入賞者の中には、がっちり空気をつかめる人がいました。そいうのは、実際に行かないとわかりませんので、是非、生で聴いて欲しいですよね。
野田祐介氏
シャボ先生とお話していた時に、ホールでの音の飛ばし方についても指摘されていました。
野田 楽器の音が実際にホール飛ぶか飛ばないか、やはり差があると思いました。日本人の音はすごく綺麗で整っているけど、飛んでこないし、だから抑揚が少なく聴こえてしまう。日本の畳の文化で場所が狭いし響かない、という練習環境も飛びにくい音になる原因の一つだと思います。対してヨーロッパでは学校の練習室も良く響きます。もはや何を吹いているか分からないくらいワンワン響く部屋もあるけど、響く分、気分は良いですよね。気分が良い環境で練習したほうが絶対にうまくなります。
学生にはいつも、ホールで吹くときは客席の最後列の客席に音を飛ばして、返ってきた音を拾いなさいといっています。空間を捉えて、自分で出した音で、これくらい吹けば届くかな、っていう感覚を養わないといけません。演奏家になってホールで練習と本番を重ねるなかで身に付くことが沢山ありましたが、学生のうちはなかなか…。やっぱり、学校にあるホールをいっぱい使った方がいいんですよね。
あとは言葉も関係があると思います。日本語はあまり腹筋を使わないので、腹筋を使って声を響かせることができない。そのあたりも音に立体感がでるかどうか、楽器の演奏に関係してくると思うんですね。感覚的に音を飛ばす、ということを知っているか知らないか。そこをどうやって教えるか、というのは教える側としての課題と考えています。
でも、日本人も、あとちょっとだと思うんです。いまは同じ東洋の方たちがどんどん出てきているから、日本人にもできないわけがない、と思って期待しています!
ありがとうございました。
※ 野田祐介氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
〈ビュッフェ・クランポン〉クラリネット”Festival“