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Jon Manasse Interview 2019
第36回ミュンヘン国際コンクール特別賞受賞。全米トップクラスのクラリネット奏者として活躍する音色の魔術師ジョン・マナシ―氏。〈ビュッフェ・クランポン〉の様々な機種を使って聴衆を魅了し続ける、マナシー氏の音色と演奏について、お話を伺いました。(2019年4月24日・東京にて)
美しい音づくりの原点、デイヴィッド・ウェーバー氏との出会い
マナシーさんの演奏は、ニューヨークタイムズ紙やワシントンポスト紙などのメディアから絶賛され、特に音色については定評がありますね。日本でも、CDでマナシーさんの音色を聴いてファンになった人が多いと聞いています。
マナシー(敬称略) ありがとうございます。「クラリネットでこんな音が出るなんて知らなかった」と言われるのが、私にとって一番嬉しいことです。
CDは沢山リリースしていて、受賞や全米クラシックトップ10入りしたCDもあります。最近は演奏をダウンロードして聴くことが主流になってきていて、CDの販売数自体は減ってきていますが、その代わり私の演奏もiTunesなどで手軽に聴いて頂けるようになりました。今まで様々なレパートリーを収録し、収録毎に使用楽器も変えてきましたが、全てのCDに共通している点は〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネットを吹いているということです。〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器は、どの機種も柔軟性が高いですし、幅広いラインナップが揃っているため、どのような奏者でも自分の持つエネルギーや美学に合うクラリネットを見つけることができる点が良いところですね。
現在世界中で活躍されていますが、クラリネットを始めたのは早かったのでしょうか。
マナシー 実は、最初に憧れて始めたのはサクソフォーンで、クラリネットの音は大嫌いでした。クラリネットの良い演奏を聴いたことがなかったためです。しかし、11歳のある日、父に連れられて行ったニューヨーク中心街の楽器店で、店のオーナーから「サクソフォーンで上達したいなら、まずはクラリネットから練習した方が良いですよ。ニューヨークで最高の先生を知っているから紹介しましょう。」と言われ、クラリネットを始めることになりました。
サクソフォーンを演奏するならクラリネットの練習が必要だと主張された根拠は、今になって振り返るとよくわかりませんが、こうして紹介してもらったのが、ジュリアード音楽院の教授、デイヴィッド・ウェーバー氏でした。ウェーバー氏には、11歳でクラリネットを初めた時から、12歳で入学したジュリアード・プリカレッジ、そしてジュリアード音楽院を卒業するまで師事することができました。とても恵まれた話です。
ウェーバー氏からは、どのようなことを学ばれたのでしょうか。
マナシー ウェーバー氏の音を聴いた途端、私はクラリネットの音にすっかり魅了されてしまいました。先生は、その時代の〈ビュッフェ・クランポン〉の最高機種、”R13”を吹いていらっしゃり、私にとって「最も美しい音」=「先生の音」だったので、私も同じ楽器でクラリネットを始めました。トスカニーニ世代に属するウェーバー氏は、その時代の奏法と教育方法を代表するような優れた先生で、私はたちまち楽器と音楽の虜になりました。ウェ―バー氏は、フランスやドイツなど、主にヨーロッパのメソッドを用いて、常に美しい吹くことを教えてくださりました。基礎練習でも、ロングトーン、スケール、3度のアルペジオなどを、純粋で心地よい音で吹くことが求められたのです。
また、レッスンはカーネギーホールのビル内にある先生のスタジオで行われていたので、環境面でも恵まれており、私もすぐにプロフェッショナルな演奏家になりたいと思うようになりました。
プロフェッショナルな演奏家としてのデビューはいつでしたか。
マナシー 最初の仕事は、ウェ―バー氏が所属していたニューヨーク・シティ・バレエ管弦楽団で、ジュリアード在学中から演奏させて頂きました。その後、ミュンヘン国際音楽コンクールでウェーバーのクラリネット五重奏曲を演奏し、特別賞を受賞した時に転機が訪れました。XLNTというレーベルがコンクールの演奏を聴いて、1988~89年にウェーバーのクラリネット全集を収録させてくれたのです。それをきっかけに、世界中からソロやアンサンブル、オーケストラの様々な仕事が舞い込むようになり、アメリカン・バレエ・シアター(以下ABT)、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(以下MET)など、多くのオーケストラで首席奏者も務めました。
考えを形にする効果的な練習方法
現在はどちらに所属されているのでしょうか。
マナシー 演奏活動では、ABTとモストリー・モーツァルト・フェスティバル・オーケストラの首席を務め、自宅近くのリンカーン・センター、セント・ルークス・オーケストラ、オールスターズ・オーケストラにも所属しています。オールスターズは、MET、シカゴ、ボストンなど、全米名門オーケストラのトップクラスの奏者だけで構成されたオーケストラで、演奏だけでなく教育にも力を入れている集団です。YouTubeで視聴することもできますよ。メンバーは皆多忙なため、毎回リハーサルなしで本番を収録します。皆凄まじい集中力で演奏しています!
教育分野では、ジュリアード音楽院、マネス音楽学校、リーン音楽院(フロリダ)で教えています。そのほか、ケープコッド室内楽フェスティバルの芸術監督も務めています。
かなり多くの団体に所属されていますね、いつご自身の練習をされているのですか。
マナシー シーズンで活動しているオーケストラであれば、複数に所属してスケジュールをやりくりすることは可能です。私は楽器や演奏、音楽だけでなく、人生においても柔軟性を求めていているので、異なるレパートリーを持つ多様な団体で活動することを重視しています。
練習は大好きなので毎日やります。レッスン中に生徒を指導しながら、生徒と一緒に練習もしていることもありますよ(笑)。そして、長年練習して分かったのはイメージトレーニングの効果です。楽器を吹きこなすための物理的な練習は必要ですが、例えばコンチェルトなどのレパートリーの暗譜に必要な準備の大部分は、頭の中でできてしまいます。そういう練習では、ただ単に譜面に並んでいる音符を暗記するのではなく、フレージングとかニュアンス、音色、指使いなど全てイメージして同時に覚えます。すると、楽器を手にとって実際に吹いた時、自分の考えが自然と形になることを改めて意識できます。かなりの集中力を要する作業のため、移動中にイメージトレーニングに没頭するあまり間違った飛行機に乗ってしまい、降りるまで全く気がつかなかったこともあります。
イメージトレーニングの効果についてエピソードがあります。あるコンチェルトを吹きに行った時、現場でプログラムされていたのは準備していた曲ではなく、コープランドの曲だったことがありました。しかも、それが分かったのは本番1時間前だったのです。本番前には唇を使いたくなかったので、集中できる場所に1時間立てこもり、手は使わず頭の中だけで練習しました。そして、本番は思い通りに吹くことができました。
高い技術をお持ちだからこそ、イメージトレーニングだけで本番を成功されたのだとは思いますが、逆に、技術的な課題が多い学生が、表現を集中して鍛えたい場合にも、イメージトレーニングは有効でしょうか。
マナシー 楽器を使った技術の練習はもちろん必要です。私も技術は未完成で、日々進歩していますし、これからも上達するでしょう。そして、どんな技術レベルであれ、イメージトレーニングと技術の練習は組み合わせ可能です。演奏家は、想像したことを聴衆と共有するために存在しているのですから、私たちにとって、今の時点で演奏可能な内容よりも、これから目指すもの、方向こそが大切なのです。イメージトレーニングをすれば、頭の中で目指すものをはっきりと形作ることが可能です。
また、技術は表現をリスナーに伝えるために不可欠なものであり、決して単純に指が回って早いパッセージを披露するためのものではありません。技術とは多様なもので、美しい音を出したままピアニッシモにしていったり、ロングトーンを保つことも技術です。私が自分と生徒に求めている技術とは、名人芸、サーカスの芸をするのではなく、あくまでも音楽をより良く表せることだと思います。コンサートホールの扉が開いて舞台に上がったら、聴衆の皆さんが自分と同じ歓びを得てくれることが大切なのです。その点、日本人の聴衆は真剣に音楽を聴いてくれるので、毎回感動します。自分とのつながりを感じます。
レッスンで一番大切にしていることは何でしょうか。
マナシー 私のところに来る生徒は、私と同じ美的感覚を持っているから来るのだと理解しています。生徒は一人一人違うので、アプローチも柔軟に変えていますが、まず私がクラリネットに惹かれてきた理由、つまりクラリネットの音色や音楽の美しさを伝えたいと考えています。そして、常に変わっていく自分自身の姿を見せながら、それぞれの生徒が自分の個性に基づいて、目指す音楽を自由に選択できるよう指導しています。そうして育った生徒達が名門オーケストラに入るとか、伸び伸びと演奏して活躍する姿を見るのは最も喜ばしいことです。自分の息子もクラリネット奏者でジュリアード音楽院に在学しており、いつも共演を楽しみにしています。
美しい音色の探求
マナシーさんは音色の美しさで定評があります。美しい音色で演奏する秘訣を教えてください。
マナシー 美しい音色を得るためには規律が必要です。必要なのは2つのことです。
1つ目は、どのような音色で吹きたいのか明確なアイディアを持つことです。明確なアイディアを持つためには、自分の音、他人の音を聴く、イメージする、という訓練が必要です。私は、子どもの時にウェーバー氏の音色を聴いて、クラリネットが好きになりました。このように、誰かの音を聴いてインスピレーションを得ることもあるでしょう。音色については使用する楽器も大切です。私が〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネットを使い続ける理由は、どの機種も幅広いレンジの音色を持つからです。〈ビュッフェ・クランポン〉であれば”R13”でも”Prestige”でも”Tosca”でも、同じ楽器でモーツァルト、ブラームス、グッドマン、ガーシュウィンを吹くことができます。
2つ目は、音色を調整できる柔軟性を持つことです。演奏条件は、リードの状態、音響環境、疲労などにより、日々異なります。どんな状況でベストな音色で演奏できるように、細かい調整が柔軟にできることが求められます。私も常により美しい音色を求めて、日々鍛錬していますよ。
最後に、今ご使用の楽器を教えてください。
マナシー B♭管は”Festival”、A管はアメリカ限定の”R13 Prestige”という機種です。両方とも、丸みがあり温かく、芯のある音色を持ち、時には鐘のようにも聞こえる音質を持っているところが気に入っています。私は、その時々に求める音色とレパートリーによって、一定の期間毎に使用楽器を変えていますが、〈ビュッフェ・クランポン〉はどの機種にも柔軟性があるため、様々な機種に持ち替えて使うことができているのだと感じています。
※ マナシー氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
Festival