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Alessandro Beverari Interview 2018

東京フィルハーモニー交響楽団の首席クラリネット奏者として活躍し、今年東京で開催されたジャック・ランスロ国際クラリネット・コンクール(2018’)で優勝したアレッサンドロ・ベヴェラリ氏。優勝を掴むために、どのように準備を行い、どのような作品イメージを作られたのか、インタビューしました。
取材:ビュッフェ・クランポン・ジャパン(2018年10月13日・東京にて)

「ついに優勝することができた!」

  優勝おめでとうございます!受賞してどんなお気持ちでしたか。
ベヴェラリ(敬称略) 最初は信じられなかったです!今まで数々のコンクールに挑戦してきましたが、コンクールで結果を出すというのは難しいものです。ほかの参加者のレベルにも左右されますし、世界中から集まっている審査員の評価基準も様々です。音色が美しく技術的にミスがないのは勿論のこと、自分らしい表現を求められるけれども、奇抜すぎる演奏も駄目、など、多くの要素が結果に影響を及ぼします。そこで、今回もチャレンジの一つとして捉え、優勝することではなく、僕自身と音楽のレベル上げることを一番の目的に掲げていました。そのため結果発表の時にびっくりしてしまい、「え?ぼく?本当?」と感じたのが受賞の第一印象で、授賞式の間も実感がなく、ボッーと朝の練習のことを考えていました。

  今は実感をお持ちですか。
ベヴェラリ 実際に優勝の実感が持てたのは後日のことで、「ついに僕が優勝する番が来たんだ!」と思うようになりました。僕の師事するギュイヨ先生はいつも「コンクールは審査当日に勝ち抜くのではなく、日々の練習で勝ち抜くものだ。」と話していました。努力の結果が評価いただけて、嬉しかったです。僕は今30歳です。今回の受賞は、今までの練習と演奏家としてのキャリアの一つの到達地点だと感じています。ちょうど登山家が、いつかはエベレストに挑戦する予定だけれども、モンブランの山頂に辿り着いて、とても美しい風景を眺めているような気持ちです。

  コンクールは、どのように準備されましたか。
ベヴェラリ テープ審査を除けば本番の4ヶ月前からコンクールのための練習を始めました。課題曲の大半は練習したことのある曲でしたが、ドナトーニとコンクールのために作曲された「かたりべ」は初めてでした。特にドナトーニは高いレベルの技術を求められる曲だったので、準備の70%はドナトーニで、寝ても覚めてもドナトーニという感じでした。
 こうしてドナトーニだけは毎日練習しましたが、それ以外は週単位で曲を決めて練習しました。例えばモーツァルトは5月までに仕上げました。ちょうどイタリアでモーツァルトのコンチェルトだけが課題曲のコンクールが6月に開催されたので、出場を目標に練習しました。大きなコンクールに挑戦する時、同じ曲が課題になっている小さなコンクールに出ておくのは、良いことだと思います。6月以降は、それ以外の曲をさらいました。

  コンクール当日、舞台の上で心がけていたことはなんでしょうか。
ベヴェラリ 余計なことは考えず、自分自身をしっかり保てるよう集中しました。音楽を楽しみながら表現し、自由になれるタイミングもありましたし、技術的な難易度の高いところでは普段の練習どおりに演奏できるよう、頭の中でスイッチを切り替えてテクニックに集中する場面もありました。
音楽家としてこのようなことは言いたくないのですが、コンクールではミスの数も減らさなければなりません。本質的なことではないかも知れませんが、プロの演奏家は機械のような完璧性を常に追求し続けるべきだとも考えています。

  いつかコンクールに挑戦したいと思っている若いクラリネット奏者たちへのアドバイスはありますか。
ベヴェラリ 管楽器で最も大切なのは、息のコントロールです。唇だけでなく、身体の仕組み、息の出る仕組みを、まずはしっかり理解して基礎を固めてください。息さえ出来上がれば、あとは表現の世界に集中できます。

本が書けてしまうぐらい、イメージを練りました。

  コンクールでは、幅広い課題曲がありました。ベヴェラリさんはどのようなイメージを練られたのでしょうか。例えば、シューマンで何をイメージされたか教えていただけますか。
ベヴェラリ もちろんです!シューマンの作品には、全ての感情が、まるでカタログのように存在しています。そしてその感情はフレーズ単位でなく、一つ一つの音に込められています。350個の音符がある曲ならば350の感情が込められていると言えます。これは、同じドイツロマン派のブラームスにも言えることです。また、シューマン自身が、彼の音楽の中には2人の人格がいると語っています。もの静かで思慮深いオイゼビウスと、元気で意気揚々としたフロレスタン。この二つの人格を、まず曲の中で見つけられます。シューマンの作品は彼の日記です。
 私の演奏では、第一楽章の冒頭では、ある人との関係が上手くいってないことに気づき、心の中に痛みを感じていることを表現しました。 第三楽章の冒頭は感情の爆発では、シャンパンのコルクがボンと外れるようなイメージです。さらに、 同楽章で繰り返される上昇パッセージとそれに続く大きな高揚は、クラリネットとピアノの譜面だけではなく、クラリネットとチェロバージョンの譜面も確認しましたが、シューマンがこのパッセージを強調したかったことを感じました。それで、兎のバッグスバニーのお尻に火がついて、走ってプールに飛び込む場面を想像しました!笑

  なんと!心の痛みからアニメーション動画まで、様々なことをイメージされているのですね。
ベヴェラリ アニメーションは僕の世代だと子供の頃より慣れ親しんでいますし、クリアに感情を表現できるので、インスピレーションの源になります。イメージはどんどん膨らませないとダメです。クラリネットのレッスンだけでは想像力は豊かになりません。山頂から自然を眺めることや、新しいオペラを観に行くことは、音楽につながります。日常の中で様々なインスピレーションを受けることが大切だと考えています。

  それでは、同じロマン派のブラームスのイメージはいかがですか。
ベヴェラリ ブラームスはシューマンに近いのですが、感情表現が直接的なシューマンと比較して、より密度が高く、内向的です。ピアノと奏でる和声とリズムがより重要な意味を持つため、ピアノと一音一音ゆっくり練習して、生まれてくる音が何を表現しているのが理解する必要があります。ブラームスのソナタでは、オペラや風景の描写はイメージしませんでした。それはブラームスがより感性に結びついて、内に秘めた音楽だと考えたからです。冒頭は女性的で心穏やかに、歌うように演奏し、そこから音階が上って音楽が開きます。ブラームスでは和声について深く学び考えましたが、これは今後、他の作曲家の作品の演奏においても良い経験になったと思います。

  自由曲ではジャン・フランセのテーマとバリエーションを演奏されましたね。
ベヴェラリ 技術的には難しい曲ですが、音楽的にはリラックスして楽しめる曲です。同じフランスのサティやプーランクにも言えることですが、喜びを与えたり美を楽しむために作品が書かれていると言えます。そのため、曲の中に激情や厳しい緊張感はありません。今までこの曲を暗譜して吹いたことがなかったため、チャレンジする良い機会だと思い、選びました。曲はテーマとバリエーションによって構成されているので、それぞれのバリエーションごと、フレーズごとに具体的なシーンを想像しました。アニメで人が走って逃げ回っていたり、酔っ払いがフラフラ歩いていたりというコミカルな場面も想像しました。また、朝起きて窓を開くと空が曇っていて寒く、屋根から水が落ちてきていて、憂鬱な気分で泣きたくなる、というような悲しく美しい場面も描きました

   本選のモーツアルトはいかがでしたか。
ベヴェラリ モーツァルトは最も好きな作曲家の1人で、その作品には常に感動します。コジ・ファン・トゥッテ、魔笛、フィガロの結婚などの、オペラは大好きですし、ピアノ協奏曲は、まさに魔法のような、モーツァルトの日記を読んでいるような気分になります。和声は単純ですが、完璧な均衡、透明な音楽です。
 本選のクラリネット協奏曲のイメージはオペラで、音楽で対話をする4人の主役を作りました。クラリネットのソロパートは、当時の作品には珍しいことですが音域が4オクターブ近くもあったので、音域ごとにソプラノ、コントラルト、バリトン、バスの人物を想像しました。そして、彼らがイメージの中で会話を展開します。
 例えば第一楽章の冒頭では、結婚式を間近に控えた若い女性が、鏡に映る自分の姿を眺めて、満足しています。すると、男性が部屋に入ってきて彼女を口説き落とそうと邪魔をするので、男を追い出します。次に、別の男性が入ってきますが、彼は、彼女の邪魔をするのではなく、散歩に誘いたいだけなのだと話しかけます…。また、第三楽章では、結婚式に使うアイテムを探して走り回るシーンも考えました。

  オペラの情景が目に浮かぶような、細かい描写まで考えられたのですね。
ベヴェラリ モーツァルトの音楽は、人の動作や言葉とも結びつきがあるので、このように物語を本が書けるくらい細かくイメージしました。モーツァルトを演奏するためには、18世紀を生きたモーツアルトの現実と人生を理解した上で、彼の作品が何を表しているのかを考えなければなりせん。また、オペラのセリフを音楽に合わせて読むのも大切です。イタリア語が分かると、もっと良いと思います。例えばフィガロの結婚で大好きなシーンがあります。第四幕の最後に、座って赦しを請い、「コンテッサ・ペルドン」と優しく繰り返す場面です。この場面から、僕の演奏では、4歳の子供が悪戯をして、ママに許してもらうために「もっといい子でいるから…」と訴えるシーンが生まれました。オペラで見たものは、新しいイメージの世界に誘ってくれます。

  コンクールが初演となった北爪道夫氏の「かたりべ」はいかがですか。
ベヴェラリ 「かたりべ」は伝説や民話を物語る人のことを表し、ディテールに富み、マルチフォニーの音も登場する曲です。そこで、作曲の手法や雰囲気ごとに曲を分け、それぞれ異なる物語を展開しようと思いました。早いスタッカートで展開される物語、静かにレガートが続く物語など、譜面に書かれたディテールを大切に、モチーフの個性がはっきりした輪郭を描くように演奏しました。

音楽は大きくて豊かなもの。ジャンルにこだわらず自由な音楽家になりたい。

  ベヴェラリさんが使用されているクラリネットの機種を教えてください。
ベヴェラリ A管が”Tosca“(トスカ)、B♭管が”Tosca GL“(トスカ・グリーンライン)で、3年前から使っています。

  どのような点を気に入られていますか。
ベヴェラリ 品質です。”Tosca“はプロ奏者向けのクラリネットに相応しい品質で、技術的な面で性能のバランスが良く、優れた楽器です。操作が容易ですし、オーケストラでの活動に不可欠でな均一性や音程の良さも特長です。”Tosca“のメカニズムには、欠点を感じません。A管もB♭管も温かみがある美しい音色で、特にA管はダークで深みのある音の内部に光が感じられ、太い音から細く突き刺すような音まで、様々な音を奏でることができる柔軟性を持ちます。

  今後のご予定と、やりたい事を教えてください。
ベヴェラリ 来年の2019年1月末に、東京文化会館でリサイタルを行います。また、3月にはチェコ共和国でニールセンのコンチェルトを演奏する予定もあります。
 やりたい事としては、まず新しい曲に挑戦したいですね!ピアノとジャズも勉強したいし、CDを初リリースしたい、オーケストラとソリストとして共演したい、教育活動もやりたい、など、やりたいことが沢山あります。CDは、名刺のようなものなので、好きなレパートリーを羅列するだけでなく、自分の肖像画になるような選曲をしたいと思います。音楽はとても大きく豊かなものです。美と完璧性を追求するクラシック音楽だけでなく、音楽の全てを学んで、真に自由な音楽家になりたいと考えています。

  最後に、ベヴェラリさんにとってクラリネットとは何か、教えてください。
ベヴェラリ 人間の声です。オペラで歌うことなく、音楽を知るための手段です。僕はクラリネットで歌います。オペラだけでなく、さまざまなレパートリーを。そして、自分を表現する手段です。口に接触して息を入れるクラリネットは、身体の一部であり、延長です。自分の魂がクラリネットを通して外に出ているのです。

※ ベヴェラリ氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
Tosca

■ アレッサンドロ・ベヴェラリ / Alessandro Beverari (cl)
東京フィルハーモニー交響楽団 首席クラリネット奏者。9歳からクラリネットを始める。2008年にヴェローナを代表するオーケストラ、アレーナ・ディ・ヴェローナ管弦楽団とモーツァルトのクラリネット協奏曲を演奏しデビュー。ソリスト、室内楽とイタリア国内外にて幅広く活躍。2012年から2016年にかけ、ジュネーブ高等音楽院でロマン・ギュイオに師事。修士号を取得。東京フィルハーモニー交響楽団首席指揮者アンドレア・バッティストーニと同じ、イタリア・ヴェローナ出身でバッティストーニの盟友。音楽の“B面”を探求することでクラシック音楽の堅苦しい伝統を突破したいという願いから、音楽監督アンドレア・バッティストーニとピアニスト セルジォ・バイエッタと共に「アンドレア・バッティストーニ&Bサイド・トリオ」を結成。オリジナルの愉快なショーで、 若者から絶大な支持を得る。 数々の国際コンクールで上位入賞を果たし、2011年プレミオ・クレッシェンド(フィレンツェ)第2位、モンカリエーリコンクール(トリノ)第3位。最近ではマルコ・フィオリンド国際クラリネットコンクール第1位、第15回東京音楽コンクール第1位、2018年6月に国際アウディ・モーツァルト・コンクール第1位、9月には第4回ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールにて第1位を受賞した。1988年ヴェローナ生まれ。

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